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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.5 「二兎追う者だけが二兎を得る」
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32

「それじゃあ、マリア。お願いね」

「うふふ、かしこまりましたわ」


 ドロシーの背後の暗がりに立っていたマリアが日傘を差して現れる。


「ジェイムス君との約束だから。ちゃんと()()()()()()()()伝えてあげてね」

「うふふ、お任せを」

「それと、それだけじゃ納得しそうにないからー」

「うふふ、お任せを」

「そう、それじゃ貴女に任せるわ」

「ええ、マリアにお任せを」


 ドロシーは最後にエイトの顔をひと目見て、小さく微笑んでから暗い路地裏を抜けていった。



「……ふふ、素敵なお顔をしてますわね。()()()()の若い頃を思い出すわぁ」


 マリアは人差し指の赤い爪を大きく伸ばし、眠るエイトの耳元に近づける。


「それじゃ、吸わせてもらうわね。貴方の記憶と命を……」


 そして彼の耳の中に、赤く伸ばした爪を深く刺し込んだ。



 ◇◇◇◇



「はーい、お待たせしましたー。特製オムレツセットです!」


 場所は変わって13番街区の喫茶店 ビッグバード。今日もこの店には多くの常連で賑わっていた。


「ありがとう、アトリちゃん! 愛してるよ!!」

「ふふふ、ありがとうございます!」

「あ、てめぇ!」

「いやいや、そういう意味じゃないよ!? そういう意味も混じってるけど……これはその」

「アトリちゃーん、注文いいー?」

「はーい!」

「おーっす、ロブス・カヴリのチリソース和えお待ちー!」


 妻が攫われるという最悪のハプニングに見舞われたタクロウだが、愛の力で無事に奪還して晴れて営業再開となった。

 あのまま彼女がいなくなればこの温かな店は閉店し、一人の復讐鬼が誕生していたことだろう。


「店長、昨日は大変だったなー!」

「本当だよ、久々にガチで絶望したね! 真実の愛の力が無ければ助けられなかったわ!!」

「はっはっはー、真顔で言うな! 腹が立つ!!」

「はーい、たまごサンドイッチお待たせしましたー!」

「わぁーい! ありがとう、アトリちゃん! 愛してるよー!!」

「ふふふ、ありがとうございますー!」

「ねー、本当に助かって良かったねぇ……ううっ!」

「ど、どうした!?」

「ううん、何でもないの。アンタ達の幸せそうな姿が尊くて、尊くて……悔し涙が」

「悔し涙なの!?」


 街中に凶暴な怪物が現れ、更にこの13番街区が丸々廃棄される大騒ぎになったというのに彼らの話題はクロスシング夫婦に関するものばかりだった。

 それだけ常連客にとってこの店とあの二人は特別なものだったのだ。


「まぁ、安心しろ。もう二度とあんな事件は起こさねえから! アトリさんの安全は俺がいる限り完全に保証」


 カラーン、カラーン


 タクロウが胸を張って声高らかに宣言しようとした時、新しい客が店を訪れてきた。


「あ、いらっしゃー」

「はーい、こんにちわ。昨日は大変だったね、たっく」


 スコォォォーン。


 現れた金色の魔女に向けてタクロウはナイフを投げつけた。

 投げられたナイフは彼女の目と鼻の先を突き抜けて壁に刺さる。


「あははー、危ないじゃない。お客様にナイフを投げちゃ駄目よー」

「何しに来やがった、諸悪の根源コラァァー! ぶっ殺、ぶっ、ぶっ殺されたいんか、オアアーッ!!?」


 ドロシーの声を聞き、その顔を見た瞬間にタクロウは眼を点滅させて猛スピードで駆け寄る。


「ひゃー、怖いー」

「しゃ、社長! 社長ーっ! 何してるんですかぁー! この店は駄目ですってぇぇー!!」

「オドゥルァァッァア! どの面下げて来たのォー! 殺して欲しいのぉー!? いいよぉ、殺してやるよぉぉー!!」

「え、違うよ。いつものを買いに来たのよ」

「いぃつものってコレかなぁー!? この拳かなぁー! はっはっはぁ、この欲しがりめぇー! いい度胸だぁ、歯ァ食いしばれぇー!!」

「ああーっ! タクロウさん、タクロウさーん! 落ち着いてぇー!!」


 そして始まるいつもの掛け合い。


 芸術的なまでに洗練されたやり取りで繰り広げられる魔女とゴリラのランデブーに常連客は安心感を覚えた。


「ああ、また始まったな」

「実は俺、二割くらいはアレを見にこの店に来てるんだ」

「ほっほっほ、私もだよ」

「何か、見てるとホッとするんだよな……何でだろうな」

「傍から見たら可愛い女の子がゴリラに襲われてる光景なのにな……」


「野郎、ブッ殺してやぁぁぁぁる!!」

「あははー、やめてよー! 今日のたっくん怖いよー!!」

「タクロウさーん! 落ち着いて、落ち着いてぇー!!」


 常連客達が温かい眼差しで見守る中、魔女とゴリラの寸劇は暫く続いた……



「ジェイムス様、お嬢様よりお届け物です」

「……何だこれ?」


 寸劇が終わる頃、広場で待機していたジェイムスに老執事が()()()()()()()()()()を届けた。


「中を開ければわかります。それと……」

「うふふ、お久しぶりですわ」

「……彼女は?」

「彼女もお付けします。どうぞご自由に」


 ニコニコ笑顔が妖しいマリアがペコリと頭を下げる。


「……俺はあの金髪野郎を迎えに来たんだが」

「でしょうね。だからこうして()()()()()()()()


 マリアはキャリーバッグを手で指す。彼女の仕草と眩しい笑顔でジェイムスは察した。


「……あの、困るんだけど。殺しちゃったら話が聞けないじゃん」

「ええ、そこは心配ありませんわ。彼の代わりに私が覚えていますから」


 マリアが人差し指で頭をトントンと突く。老執事は敢えて何も言わなかった。


「……」

「それでは今日は宜しくお願いしますね、ジェイムスさん。貴方とお話するのは久し振りだから楽しみにしてましたのよ」

「では、私はこの辺りで。マリアさんは後でお迎えに行きますので」

「あら、人前だからって気を使わなくていいのよ? 自分で帰れますから」

「そうですか、ではお気をつけて。マリア先輩」


 マリアを残してアーサーは立ち去る。


 意味深なキャリーバッグに目をやった後、ジェイムスは重い溜息を吐きながら顔を抑えた。


「うふふ、それでは案内(エスコート)して頂けるかしら?」

「……全く、ドロシーの奴め」

「お嬢様が何か?」

「いや、何でもない。それじゃ……車に乗ってくれ」


 ジェイムスは広場に停まる白い高級車(ロールスロイス)にマリアを案内する。


 ふと目についた【Are you really happy with it?】という文字盤に乾いた笑い声を上げ……


「ああ、畜生。言われなくても辞めてやるよ、こんな仕事」


 そう呟いて車に乗り込み、バタンとドアを閉めた。



 chapter.5 「二兎追う者だけが二兎を得る」end....


こうして彼はようやく救われました。

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