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笑えばいいと思うよ
翌日、リンボ・シティ13番街区。ロードリック紅茶店にて。
『ええ、先日13番街区に出現した怪物騒動に関する続報が得られました。異常管理局によりますと……』
「相変わらず物騒なニュースばかりねぇ、どうしてこんな所にお店を出しちゃったのかしら」
店主の老婦人、ケイト・ロードリックは備え付けたテレビでニュースを見ながら呟く。
彼女はこの店の初代店主ゲイリー・ロードリックの娘だ。
美しく歳を重ねた容姿からは想像も出来ないが、亡き父から受け継いだ店をキワモノ揃いの13番街区で40年も守り続けてきた女傑である。
「……そろそろ店仕舞いも考える頃かしら」
夫は早死し、子供に恵まれなかった彼女はこの店を閉める事を考えていた。
ドロシーを始めとする多くの人々に愛される名店ではあるのだが、一人残されてしまった彼女には重荷になっていた。
「でも、とりあえずあと一年……頑張ってみようかしらね」
カラン、カラーン
しかし家族の写真を見ながら今年も後一年頑張ってみようかと決意を改めた所で来客が訪れた。
「あら、いらっしゃ……」
現れた来客の姿を見て、彼女は目を疑った。
「……ああ、どうも。此処の紅茶が有名だって聞いてさ。紅茶を買いに来たん……だけど」
「……」
「えーと、オススメとかあるかな?」
「……お父さん?」
訪れてきた客が40年前に死んだ父親と瓜二つだったから。
「……社長、どうしてアイツをこの店に?」
「ふふん、知りたい?」
ロードリック紅茶店の前でスコットはドロシーに聞いた。
「今から40年くらい前にね、この店で強盗事件があったのよ」
「……」
「その時、お店にはケイトちゃんのお父さんのロード君とお兄さんのケビン君夫婦が居たわ。強盗犯はね、ロード君とケビン君を殺してお金とお嫁さんを奪って逃げたの」
「……酷いですね」
「酷いよね、本当に。強盗犯はちゃんと捕まえたけど、攫われたケビン君の花嫁は見つけられなかったわ……お腹には赤ちゃんがいたそうよ」
ドロシーは空を見上げながら悲しげな表情で淡々と話す。
スコットは両腕に紙袋を抱えながら彼女の話に耳を傾けていた。
「妊娠していた子が何処かでちゃんと生まれて、そしてその子がまた子供を作っていたら……エイト君ぐらいの歳になったかな」
「……流石に無理があるんじゃないですかね。たまたま名前がロードリックで、顔もそのロードって人と似ていただけなんじゃ」
「あはは、やっぱりそう思う? 確かに僕も流石にそれはないかなーとは思ってるけどー」
こっそりとドロシーは窓から店を覗く。
店内ではケイトが泣きながら抱き着いてエイトを困惑させている様子が窺えた。
「あの子には死んだお父さんと同じ顔に見えるくらいには、エイト君はロード君にそっくりなのよ」
スコットはドロシーが呟いた一言で、何とも遣る瀬無い気持ちになった。
「……社長にも、そう見えたんですか?」
「ふふっ、どうかなー」
「あーもう、また来てやるって! それじゃあな!!」
紅茶パックを一袋分だけ買ったエイトが顔を赤くしながら店を出てきた。
「おかえり、どうだった?」
「どうもこうもねぇよ! 何なんだよ、あのばーさんは!? 俺のことを『お父さん、お父さん』って! 俺はそんなに老け顔かってーの!!」
「あははー、それで頼んだ紅茶は?」
「おらよ!」
エイトは苛立ちながらも購入した紅茶パックをドロシーに渡す。
「ふふふ」
「何だよ!?」
「別にー、それじゃあ少し二人きりで歩きましょうか」
「ちょ、社長!?」
「スコッツ君は此処で待ってて。大丈夫、すぐに戻るから」
ドロシーはエイトを連れて暗い路地裏を進んでいく。
「……おい、何処に行くんだよ」
「うん、この辺りかな」
人目のつかない場所まで来た所でドロシーはエイトに振り返る。
「さて、わかってるとは思うけど。これから君を管理局に引き渡すわ」
「……」
「多分、もう生きて外に出ることは出来ないでしょうね。それだけ君は悪いことをしたんだから」
「……はっ、だよな。お嬢ちゃんにも酷いことしたもんな……」
ドロシーが此処に連れてきた理由を察したエイトはタバコを取り出す。
「……一服してもいいか?」
「いいよ」
「……どうも」
お気に入りのタバコに火を付け、エイトはふぅーと煙を吐く。
「それで、此処につれてきた理由は?」
「それはね、こういうことよ」
ドロシーは魔法杖をエイトに向けた。
「……」
「ごめんね、僕は君のこと嫌いじゃないけど。君がしてきた事は大嫌いなの」
「……だよな」
「今まで、大勢売ってきたのよね。この街の人を」
「ああ、沢山な。儲けさせてもらったよ」
「子供も?」
「売るのは女子供ばっかりだったさ。高く売れるからな……」
エイトは特に悪怯れる素振りを見せることもなく、ドロシーの目を見つめながら淡々と返す。
「そう、プロは違うわね」
「ああ、プロだからな。ヤバい奴には手を出さないのさ……お嬢ちゃんは例外だったが」
「あはは、ごめんね」
「お前が謝んのかよ」
ドロシーはもうエイトの処遇を決めていた。
このまま管理局に引き渡すつもりはない。だが、無事に逃がすつもりもない。
「最後に聞いていいかしら? エイト・ロードリック」
「……何だよ」
「そうまでして手に入れたお金で、君は何が欲しかったの?」
「……」
最後の最後にそんな事を聞いてくるドロシーにエイトは心底うんざりした。
「……聞いたら、お前は絶対に笑うさ」
「うん、笑ってあげる」
「……ははっ」
エイトは吸い殻を地面に落として踏んづけた後、頭をポリポリと掻きながら答えた。
「……家族、さ」
────パァン
「ふふふ、そう。笑えるわね」
エイトを魔法で撃ち抜き、ドロシーは残念そうな笑顔で言う。
「お金があっても家族は買えないわ」
「……そっ、か。買えねえか……」
「うん、買えないよ。絶対にね」
「……それじゃ、どうやったら……家族は、手に入るんだ?」
「簡単よ」
地面に倒れて意識が朦朧としていくエイトの傍に座り、ドロシーは優しい声で答えた。
「君と同じような寂しがり屋の子に『家族になってください』って、声をかければ良かったの」
「……」
「こうして手を優しく握ってね。それだけで、良かったのよ」
「ははっ……何だ、そりゃ……馬鹿みてえ」
「ええ、君は本当に馬鹿だったのよ。たったそれだけの事も出来なかったんだから」
「……」
「でも、良かったじゃない。最後に本当の家族に会えたんだから……」
「……ぁ?」
「あのお婆さんはエイト君の大叔母さん。今のエイト君と同じ人攫いに殺された……君のお爺さんの妹よ」
もう瞼が開かないエイトの頬をそっと撫で、彼の耳元で囁いた。
「……!」
「あの子、泣きながら喜んでたでしょう?」
「……ははっ、はっ、ははは……! 畜生、」
「……この、悪魔が」
エイトは最後に笑いながらドロシーに呪詛を吐き、冷たい地面の上で動かなくなった。
インガオホー?