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最近、寒暖差が激しいですよね。紅茶が手放せません。
「……」
何とか精神を安定させ、上層部に命じられるまま廃工場に向かったジェイムスは唖然とした。
「あ、キッド君いらっしゃーい! 見てよコレ、凄くない!? スコッツ君がやったのよ!!」
彼が目にしたのはヒュプノシアの死骸。
頭部を原型を留めないレベルまで破壊され、胸から胴までを引き裂かれた見るも無惨な姿。
正攻法では倒せない、ダメージを与えられない筈の準エネルギー生命体が息絶えているという理解不能な状況に頭を抱えた。
「……待って、ちょっと待って。頭痛い」
「うんうん、わかるよ。僕もスコッツ君がヒュプノシアを殴り飛ばすのを見て頭が痛くなったもの」
「どうしてコイツを倒せるの?」
ジェイムスは気まずそうに目を泳がせるスコットに言う。
「ど、どうしてって聞かれても……」
「コイツはさー、普通はさー、倒せないんだよー。魔法をありったけ撃ち込んでも、伝説の剣で斬りかかっても、核ミサイル撃ち込んでも倒せないんだよ。昼間にコイツが外に出てきたらもう諦めるしかないってのが……今までのお決まりだったんだよぉ?」
「は、はぁ……」
「どうして倒せるんだよ、スコットォォー!?」
スコットに掴みかかりながら鬼気迫る表情でジェイムスは叫ぶ。
「し、知りませんよぉ! 何か普通に殴り殺せちゃったんだから仕方ないじゃないですか!!」
「それがおかしいってんだよぉぉーっ!」
「まぁまぁ、落ち着いてジェイムス君……逆にこう考えるんだよ」
ドロシーはジェイムスの肩をポンと叩いて言う。
「今度から街中にヒュプノシアが出てきても、スコッチ君が居れば安心だって!」
「ふざけんな!!」
誇らしげに胸を張りながらふざけた事を宣う魔女にジェイムスは突っかかった。
「あんなのがそう何回も出てきてたまるか!」
「え、でもヒュプノシアって確か保護区の専用施設にまだ何頭か」
「それを言うな! 眠れなくなる!!」
これほどの力を持ったヒュプノシアだが、実はその同属が世界中で何頭か確認されている。
「え、まだ居るんですか!?」
「うん、数は少ないけどね。今日戦ったのはヒュプノシア・フロウっていう二番目くらいにヤバい奴だね」
「おい、やめろ。余計なことを言うな……あの化け物の話はもうやめにしよう」
日光に当てなければ無害という対処法が確立されている為、その点さえ厳守すれば彼らを無力化し続けるのは難しい事ではない。
シア・キシプニマにさえ変化しなければ大人しい新動物であり、その蛹状の外皮は超効率の光吸収材、そして魔法杖の素材にもなる有用な生き物なのだ。
「……で、あの転がってる奴らが問題の動物屋か」
「そうね、一人を除いてお客様含めてみんな死んじゃったわ。馬鹿なお客様がアレを起こした所為でこの有様よ」
「……あの金髪の男は?」
ジェイムスはアルマに絡まれながら職員に取り調べを受けているエイトを指差して言う。
近くでくねくねしているブリジットに関しては敢えて触れないよう徹した。
「……」
ドロシーは少し考えた。
彼女自身はエイトに何の恨みもないどころか彼に命まで救われている。
それに彼の名前や身の上話を聞いていたのでこのまま管理局に引き渡すのも思うところがあった。
この街では人身売買、特に外側に生き物を違法に持ち出そうとする行為は重罪にあたるからだ。
特に取引していた商品があのヒュプノシアだった為、捕まれば十中八九終身刑になるだろう。
「彼がその生き残った一人よ」
エイトにかつての友人の面影を重ねながらもドロシーは正直に答えた。
「そうか。それじゃあ連れて行くぞ」
「ただ、個人的な用事があるから一日だけ貸してくれない? 明日になったら渡すから」
「は?」
「僕ね、あの男に攫われて変態に売られそうになったのよ。首にプスッと怪しい薬を打たれてね」
「はぁ!?」
ドロシーが首元の注射痕をツンツンと突きながら告白した一言にジェイムスは驚愕した。
「へぇ!?」
そしてスコットも驚いた。
「マジかよ!?」
「うん、ああ見えて中々の手練よ。僕が手も足も出ないまま服まで破られちゃうレベルだから」
「やっぱりあの金髪野郎が悪いんじゃないですか! ブチ殺してきます!!」
「まーまー、待ちなさい。僕が成す術もなく無力化されちゃう相手だよ? それにあのヒュプノシアに襲われても、僕とアトリちゃんを抱えながら逃げ切る寸前まで行った男だよ? 君たちに勝てる??」
「……うっ!?」
「……」
エイトの事を何も知らないスコットとジェイムスはドロシーの巧みな話術にまんまと引っ掛かる。
事実、ここまで彼女は一言も嘘をついていない。二人が勝手に勘違いをしているだけだ。
それがドロシーの狙いだった。
「だからねー、一日だけ貸して? ちょっとだけお礼がしたいの。僕一人じゃ大変かもしれないけど、アーサーとマリアが傍に居ればどうにでもできるからね」
ドロシーがニコォっとした笑顔で発した言葉にジェイムスは怖気づき、その笑顔を悪い方向に受け止めてしまったスコットも背筋を凍らせた。
「……こ、殺すなよ? あいつには色々と聞きたい事があるから」
「あー、大丈夫。脳さえ無事なら後で吸い出せるから! そこは心配しないで!!」
「……そ、そうか」
「……」
「あ、そうだ。スコット……ちょっといいか?」
「え、あ、はい……」
ジェイムスはスコットを連れてドロシーからかなり距離を取る。
自分から離れていく二人を見て『狙い通り』と言いたげに彼女は笑う。
「まぁ、一日だけよ。その後にどうなるかはエイト君次第ね」
アルマに加えてタクロウにも絡まれるエイトを眺めながらドロシーは言った。
「……聞いたか? 今の」
「……聞きました」
ドロシーから十分に距離を取り、ジェイムスはボソボソと話し出す。
「なぁ、やっぱりあの女ヤバイよ。あの女を捕まえて商品にしようとした金髪野郎もヤバいけどさ、やっぱりあの魔女おかしいよ」
「で、ですよね……」
「ヒュプノシアを物理で倒したスコットも大概おかしいけどな。そこはまぁ……目を瞑ってやるとして、早くあの女から逃げて新しい職場を探した方がいい」
ジェイムスはスコットのこれからを本気で案じ、頼れる被害者として忠告するが……
「スコッツくーん、そろそろ帰るよー!」
金髪の魔女は明るい笑顔でスコットに呼びかけた。
「スコッツくーん!!」
「……」
「無視しろ、無視。これから俺が適当に話をつけてやるから、君はこのまま」
「ありがとうございます、ジェイムスさん。でも……大丈夫です」
「え?」
「社長にはちゃんと俺からお別れを言いますから」
ジェイムスにそう言い残してスコットは彼から離れる。
「……そのうちにね」
そして笑顔で自分に手を振るドロシーを見てうんざりしたような、観念したかのような酷く疲れた笑みを浮かべた。