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「な、何が起きた? 何が起きたんだ……!?」
「い、いや……俺にはさっぱり……」
トイレを済ませて仲間の所に戻ろうとドアを開けた瞬間、建物に突っ込んできた腕の生えた変な車に仲間が轢き殺された。
「どういうことだよ……」
深く考えれば考えるほど疑問符しか浮かばない状況に、生き残った2人は困惑するしか無かった。
「ど、どうする!? 今ので仲間が殆ど死んじまったぞ!? ていうかあの化け物は何時まで外で遊んでるんだよ! いい加減戻ってこいよ!!」
「お、落ち着け馬鹿! お前の手に持ってる本は何だよ! それがあれば何とかなるだろ!? 戻ってこないならもう一匹呼び出せば……」
「そ、そうだな! これがあれば俺たちは」
「ハァーイ、元気?」
慌てふためく二人の前ににんまり笑顔のドロシーが現れる。リーダーはその愛らしい笑顔に一瞬だけ心ときめくが、右手に持った拳銃を見てすぐに身構えた。
「お、お前は!?」
「ごめんね、君のオトモダチ殆ど死んじゃった。僕は何も悪くないけど……」
「それ以上寄るな! お前もアイツの餌にしてやるぞ!!」
リーダーは赤い魔導書をドロシーに向けて威圧する。
「……なるほど、君がリーダーね。何処で手に入れた?」
「うるさい、寄るな! 餌になりたいのか!?」
「子供のお小遣いで買えるような代物じゃないはずだけど……うーん、まぁいいか。きっと子供にも買えるお値段になったのね」
本気で脅しているというのに顔色一つ変えず、それどころか笑いながらこちらに銃を向けるドロシーにリーダーは戦慄した。
「な、何だよ! そんな玩具で勝てると思ってるのか!?」
「勝てるよ。僕を出迎えてくれたワンちゃんはもう退治したし」
「はぁ!? ふざけるのもいい加減にしろよ、クソガキ!」
パァン
リーダーが本を開くよりも速く、光の弾丸が彼の人差し指を吹き飛ばした。
「ぎゃあっ!」
「誰が」
右手の人差し指に続いて、右膝。
「クソガキだ」
そして隣の仲間の左膝を撃ち抜いた。
「このクソガキめ」
倒れ込む二人に不機嫌そうな顔でそう吐き捨て、ドロシーは杖をコートにしまった。
「ギャアアアアアアアアアア!」
「あ、足がぁあああああああ!」
膝を撃ち抜かれた強盗犯は耳障りな悲鳴をあげて激痛にのたうち回る。
「あーあー、うるさいうるさい。指が一本無くなっただけでしょ、一本くらい何よー」
「くそがぁっ! このっ、殺してやる! 今すぐお前を……ッ!!」
「いてえ、いてぇよぉ!」
「どうやって殺す? 仕事熱心な警官みたいにワンちゃんの餌にでもする?」
「お前なんて、俺があの化け物を呼び出せば……あっ!」
リーダーが痛みを堪えながら床に落ちた魔導書を開く前に、ドロシーはヒョイと拾い上げた。
「……」
「……」
トカゲのような眼を見開いて硬直する強盗犯に魔導書を見せびらかしながら、ドロシーは満面の笑みを浮かべた。
「くすくす。さーて、一つだけ聞きたいんだけど。何処でこの本を手に入れたの?」
「お、おい、よせ! よせ、やめろ!!」
「聞いてるんだけどー? 何処で、この本を手に入れたのー?」
「し、知り合いから買ったんだよ! 13番街区の路地裏で店を出してるピクサって奴だ!!」
「あー、あのギョロ目ちゃんね。あれ? あの子の店にこんなの置いてたかな……そこそこ面白いものは置いてたけど」
「わ、悪かった! 俺が悪かった! その魔導書はお前にやる! だから、だから……!!」
「だから、何?」
頼みの綱である魔導書を奪われ、リーダーの態度は一気に弱々しいものに豹変する。
「あ、ええと……その」
「お、俺はそいつに誘われただけで……そう! 俺はその魔導書で脅されて、無理矢理付き合わされたんだよ!!」
「は!?」
「俺は悪くねぇ、俺は誰も殺してねぇ! 殺したのはそいつが呼び出した化け物だ! だから俺は、俺は見逃してくれよ! な! な!?」
「はぁぁ!? 何言ってんだお前! 大体、あの本を買って俺に渡したのはお前じゃねえか!!」
「それ使って銀行襲おうって言ったのはお前だよな!? じゃあ全部お前が悪い! お前が責任取れ! 俺は悪くねぇ!!」
「ふざけんなよ、コラ! ブッ殺すぞ!? いっつも俺を頼るくせにヤバくなった時だけ」
「あー、あー……もういいよ。そういうのは」
ドロシーは喧嘩する二人に心底落胆し、二人の目の前に魔導書をドンと置いた。
「君たちが少しでも反省して、これから心を入れ替えて真っ当に生きていくなら許してあげてもよかったんだけど……無理そうね」
そして少しずつ書物のページを開いていく。二人の恐怖心を煽るようにわざと、少しずつ、少しずつ……
「や、やめろ! やめろおおお! 悪かった、俺が悪かった! もうしない! もうしないって! もう悪いことしないってぇえー!!」
「だから俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇからぁあ! 俺は見逃してくれよおおお!!」
「本当に? 本当に悪いことしないって誓う?」
ページを開くのを止め、真剣な表情で二人の顔を見つめながら言う。
「本当だよ! もう悪いことは絶対にしない! 誓う、誓うから!」
「これから真面目に生きます! 心を入れ替えて真っ当に働きます! 親孝行もします! まともな人間に生まれ変わります!!」
「わかった。そこまで言うなら……」
強盗犯が涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら宣った必死の誓約をドロシーは真摯な態度で受け止めた。
「僕は君たちを信じるよ。君たちが真っ当な人間に生まれ変わるって」
「……あ、ああ! 生まれ変わる! 絶対に生まれ変わるよ!!」
「うん、信じて待ってるよ!」
そして魔導書のページを彼らの眼前で思いっ切り開いた。
「君たちが良い子に生まれ変わって、また僕に会いに来てくれるのをね」
開かれたページには赤い魔法陣が浮かび上がり……
「えっ?」
「えっ?」
「それじゃ、さようなら。来世も悪い子だったらまた犬の餌ね」
〈ヴルルルルルルルルッ……〉
「ちょっ、待っ────」
唸り声を上げながら、血に飢えた赤黒い獣が飛び出した。