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悪魔に常識を訴えた時点で負けですよね。悪魔ですから。
「ふはー、こんなもんかな!」
地面に黒刀を突き刺し、アルマは一仕事終えたような晴れやかな表情で空を見上げた。
「……領主様、見ていてくださいましたか? ブリジットは今日も世界を救いました」
そんなアルマの隣で剣を収め、ブリジットは夕焼けがかった空に微笑む……二人の周囲には魑魅魍魎の惨殺死体が散らばり、正に血の海という有様だった。
「くそっ、数だけは無駄に揃えやがって……思ったより時間かかったじゃねえか!」
最後に仕留めた大きなタコっぽい怪物の死体を蹴ってタクロウは忌々しげに言う。
13番街区に突如出現した怪物の群れは彼ら三人と、空から降ってきた管理局の精鋭達によって駆除された。
一匹一匹はそこまでの脅威では無かったがその数は百匹にも及び、この豪華メンバーでも殲滅に数十分を要した。
「……」
「おーっす、管理局の兄ちゃんもお疲れー! 役立たずの割にそこそこ頑張ったじゃねーか!!」
アルマから笑顔で労いの言葉をかけられたのにジェイムスの表情は沈んでいた。
「……そろそろかな、連絡来るの」
「あん?」
「黒うさちゃん、さっさとここから離れたほうがいい。仲間を連れて早く家に帰れ」
「帰れって言われてもな、あたしはこれからドリーちゃん迎えに行くんだわ。じいさんと童貞がついてるから大丈夫だろうけどよ、やっぱりあたしがいねーと」
>ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ<
ジェイムスの携帯に管理局総本部から通達が入る。
画面が赤く染まり【Brace yourself】の一文と管理局のシンボルである生命の樹のマークだけが表示される異常な通知……
「うん、知ってた」
この13番街区を廃棄し、住民ごと対象を抹消するAクラス緊急非常事態対策処理コード【メメント・モリ】の発動が決定された証拠である。
「逃げろ、ここにいたら死ぬぞ」
「何いってんだ? 仕事疲れでストレスでも溜まってんのか? 抱いてやろうか??」
「やめて、本当に」
「うおおおおお! 今行くぞ、マイハニ────ッ!!」
そんな非情な決定が下されたとは知る由もないタクロウは叫びながら妻の元へと急ぐ。
「おいいぃいーっ! そっちに行くなぁ! 死ぬぞぉおおおー!?」
「マイハニィィィ────ッ!!」
「んじゃあ、またな! 辛くなったら電話くれよ、抱いてやるから!!」
タクロウを呼び止めようとしたジェイムスの頬にキスをし、アルマも意気揚々と廃工場へと向かう。
「ちょっ、黒うさぁぁぁー! 戻ってこおおおーい!!」
「ご助力感謝する。それではまた共に戦おう、この世界の守り手よ」
「待てぇ! 君は行くなぁ!!」
二人に続いてブリジットも廃工場に向かおうとするが、ジェイムスはその腕をガシッと掴んで止めた。
「な、何をする!? 放せ! マスターが私を待っているのだ!!」
「行っちゃ駄目ぇぇぇぇー!!」
「ジェ、ジェイムスさん! 何してるんですか!? 早く俺達も避難しないと!!」
「は、放せぇ!」
「向こうは駄目なんだぁぁー! ヤバい奴が居るんだよぉおー!!」
普段は割と冷静で頼れる兄貴分のジェイムス。
だが、ヒュプノシアの姿を見てかつてのトラウマを刺激されただけでなく、処理コード【メメント・モリ】が発令されてもうすぐ13番街区が丸ごと廃棄されるという非常事態を前に完全にパニクっていた。
「君だけでも、君だけでも生き残るんだぁあー!」
「ぬああっ、抱き着くなぁ! こら、胸に触るな! いい加減にしないと切り捨てるぞ!?」
「ジェイムスさん! ジェイムスさーん! ちょっと、皆も手伝え! このままじゃこの人、ただの痴漢になっちまう!!」
「皆も早く逃げろぉおー! こいつは俺が責任を持って避難させるぅー!!」
「落ち着いてください、先輩ー! 早く逃げないとー!!」
「ジェイムサーン!」
\カラーン、カラーン、カラーン、カラーン/
街に鳴り響く不気味な鐘の音。聞き慣れない異常な音を耳にした住民達は立ち止まり、建物の中に居る者も窓を開けて外を見る。
《こちら、異常管理局セフィロト総本部です。13番街区の皆様にお知らせします。本日、午後15時未明に13番街区にてSクラス規格外生物種の出現が確認されました。その為、これ以上の被害拡大を防ぐべく20分後に この区画一帯 を廃棄致します……》
《……ごめんね》
その放送を聞いた全13番街区民が心を一つにし、空に向かって一斉に怒号を上げたのは言うまでもない。
◇◇◇◇
「……全ての時をとおして、主よ 導きたまえ。汝の御力によって、迷いは消え去る」
空から聞こえた鐘の音と管理局の緊急放送を耳にしたドロシーは歌を口ずさむ。
「何か歌い出したぞ、このお嬢ちゃん!? もう本格的にヤバくないか!? ていうか、俺達もヤバくないか!!?」
「……汝よ 導きたまえ、汝の助けによってー」
「はっはっ、今更気にしても手遅れですよ。どうにもなりませんからな」
鐘の音を聞いた悪魔は天を仰ぎ、カカカと一笑してドロシー達を見る。
「ククッ、カカカカッ」
不気味に笑いながらのしのしと歩いて地面に転がっていたスコットの頭を拾い上げると……
スチャッ。
ヘルメットでも被るかのように首の断面にくっつけ、青い爪先で切られた首の傷をなぞる。
するとその傷はジリジリと青い煙を立てて焼き塞がれ、爪が首を一周したところで悪魔はバイバイと手を振った。
「……あれ?」
そしてスコットは目を覚ます。
「あ、え? 何? えーと……俺、何してたんだっけ……??」
彼が目を覚ますと同時に頭部を覆っていた青い炎も、背中から生える悪魔の腕も音も立てずに引っ込む。
そこに居るのは既に悪魔ではなく、記憶が曖昧な頼りない19歳の青年だった。
「……あ゛っ? がはっ! いてっ! いててっ! なんだコレ……首っ! いててててっ!!」
突然襲ってきた首の痛みにスコットは悶絶する。
「……」
「……」
あまりにも常識やら何やらを舐め腐った馬鹿馬鹿しい光景に、ついにエイトも老執事も沈黙するが……
「……あっ、スコッツ君! 逃げて、ヒュプノシアが……あれ?」
「おや、お嬢様。お目覚めですか?」
「アーサー、戦いはどうなったの? スコッツ君は勝ったの?」
「……ご覧の通りでございます」
ここでドロシーが正気に戻る。
地面に倒れ伏したまま動かないヒュプノシアの傍に立つ五体満足のスコットを見て彼の勝利を確信し、アンテナのような癖毛を嬉しそうにピンと立てた。