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「おいおい、何だよアレは!?」
ジェイムスはヘリコプターから街中で暴れ回る怪物の群れを見下ろして目を丸くする。
「異界門の反応なんてあったか!?」
「いえ、報告にはありません! 恐らくあの騒動は人為的なものです!」
「くそっ、動物屋の仕業か!!」
動物屋の足取りを掴み、彼を含めた密猟者の確保及び裏取引の現場を抑える為にヘリで出動したジェイムス達。
だが密猟者達が潜伏している13番街区は凶暴な怪物達が解き放たれて大混乱に陥っていた。
「目星をつけた廃工場までもう少しだっていうのに!」
「どうしますか!?」
「あの怪物共を放っておけるか! ロープを降ろせ! 奴らは俺とロイドが鎮圧するから、残りのメンバーで廃工場に向かってくれ!!」
「りょ、了解です」
〈ヲ゛ォォォォォアアアアアアアアアアアアアアアア!!〉
上空にいる彼らにもハッキリと聞こえた魔獣の咆哮。
その叫声に聞き覚えのあったジェイムスは血相を変えてヘリの操縦席に向かう。
「な、何だ? 今のは!?」
「……おい、嘘だろ? 冗談だろ!? この声はまさか……!」
「ジェ、ジェイムスさん!?」
「双眼鏡! あるか!?」
「あ、はい! どうぞ……」
操縦士から小型双眼鏡を受け取ったジェイムスは廃工場あたりに目を凝らす……
「……マジかよ」
そして彼は見た。天に向かって吠える忌々しい金色の巨狼の姿を。
「ど、どうしました!?」
「……操縦士、すぐにヘリを降下させろ」
「えっ!?」
「早くしろーっ!」
ジェイムスが叫んだのとほぼ同時にヘリを白く輝く閃風が吹き抜ける。
他のメンバーが鉄が焼けるような匂いに鼻をすんすんと鳴らす中、ジェイムスは急いで操縦士を掴んで引き寄せる。
「えっ、あっ!?」
「絶対に俺の傍を離れるなよぉおー!!」
「な、何ですか!? ジェイムスさ」
空を飛んでいた白いヘリコプターは斜めに両断され、ローターのある部分だけを空中に残して落下した。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」
急降下していく機体の中で殺人的な浮遊感を全身で味わい、コートから杖を取り出しながらジェイムスは思った。
さっさとこの仕事を辞めておけば良かった……と。
「……クソッタレ!」
ヒュプノシアの一閃が空を切り裂いた所でエイトは我に返った。
「おいこら、逃げんぞ! やってらんねえ!!」
我に返ったエイトは動物屋の肩を掴んで声をかける。
「……」
「おい! おい、相棒! 逃げるぞ! ボーッと突っ立ってんじゃねえ!!」
だが、動物屋は相棒の声を聞いても呆然と立ち尽くしていた。
SP達は既に彼を開放して虚ろな表情を浮かべながら直立している。
彼らは後頭部に取り付けられた機器にマスターとして設定された人物から直接命令を伝えられる事ではじめて行動する。そのマスターであるスティング卿が死亡した今、彼等はただの心無い人形に過ぎない。
〈ヲ゛アアアアアアアアアアアッ!〉
「うおっ、やべえっ! 伏せろ、相棒!!」
ビュインッ
「……っ!」
「アトリちゃん、目を瞑って! 見ちゃ駄目よ!!」
動かなくなったままSPはヒュプノシアの一閃で両断された。
「おい、聞こえてんのか! コラ!?」
エイトは必死に呼びかける。
彼は金の為なら何でもする……だがそれも自分が死んでしまっては意味がない。取引相手のクライアントが死亡してしまった今、その金も手に入らなくなった。
「エイト、二人を逃がせ」
「ああ!? 何だって!?」
「ほら、俺の車のキーだ。お前にやるよ」
動物屋は鍵をエイトにポイと投げつけ、廃工場に停車している一台の車を指差す。
「二人を車に乗せてさっさと逃げるんだ、死にたくないだろ?」
「お前はどうすんだよ! いいから伏せろって! あのバケモンが……!!」
エイトの問いに動物屋は乾いた笑いで返すと、彼をジッと見つめながら言う。
「俺はもう、疲れたんだ」
その表情は疲れきっており、何もかも諦めたかのような笑顔を浮かべていた。
「……おい、お前っ」
「じゃあな、相棒。悪いが俺は」
〈ヲ゛アアアアアアアアアア!〉
ビュウンッ
「……この辺で、辞めさせてもらうよ」
それが彼の最後の言葉だった。
ヒュプノシアが振り抜いた刃の一閃は、動物屋の肩から上を切り落とした。
相棒の顔が笑いながらズルリと地面落ちる光景はエイトの目に鮮明に焼き付いてしまった。
「……ひっ!」
「見ちゃ駄目よ、見ちゃ駄目!」
「……おい。おい、おい、おい! 何勝手に死んでんだよ! この仕事を持ち込んだのはお前だろうが……クソがっ!!」
彼の死に込み上がる感情を抑えながら、エイトは鍵を握り締めてドロシー達を乱暴に担ぎ上げる。
「ぐ……ぬああっ!」
「ひゃっ!」
「意外とパワフルね、エイト君……」
「うるせぇ、黙ってろ! こうなったのは全部……ああ、畜生! 俺のせいだよ、クソッタレェエエー!!」
エイトは二人を抱えて車に猛ダッシュする。
ヒュプノシアの眼は逃げる彼らを捉えて尻尾を振り上げる。
「このバケモンがぁ!」
「くたばれっ!!」
運良く工場の崩落から逃げ延びた動物屋の部下がヒュプノシア目掛けて発砲する。
放たれた弾丸は命中してもまるで効果は無く、魔獣の表面でプスンという音と共に消滅していた。
「おい、馬鹿! お前らもさっさと逃げろぉ!!」
〈ヲ゛アアアアアアアアアア!!!〉
「……ああっ、くそっ!」
後ろを振り向かずにエイトはロックを空け、ドロシー達を車に放り込む。
「むぎゅっ!」
「ひゃああっ!」
「ああ、もう沢山だ! 今日はとんだ厄日だ、クソがっ!!」
急いで車を発車させようとするエイトだが、ハンドルに触れた瞬間に魔獣の刃が振り下ろされる。
刃は車を掠めて車体前面部とハンドル、そしてエイトの左人差し指を切断して運転不能にした。
「だぁぁぁぁっ! くそっ、いってぇ……畜生! 畜生ーっ!!」
「エイト君、大丈夫……ふやぁっ!」
「ご、ごめんなさい、ドロシーさん!」
「き、気にしないで……さっきはアトリちゃんが受け止めてくれたから。で、でもあんまり動かないでくれると嬉しいなっ!」
「は、はいっ……でも、この体勢はちょっと……キツイです!」
エイトは後部座席で揉みくちゃになる二人の天使と、ゆっくりと此方に向かってくる金色の魔獣を見て死を覚悟した。
世の中には運のいいやつと悪いやつがいる、それが世界の理。
それから抜け出そうと足掻いてみたが、彼にはできなかった。
「……まぁ、運の悪いやつが人生の最期に見る光景としちゃ……悪くねえか」
そう言ってエイトは今までの人生を回想した後、揺らめく巨狼の姿を眺めながら考えるのを止めた……
────ブオォオオンッ!
正にその時だった。スコットを乗せた黒塗りの高級車が、瓦礫を飛び越えながら現れたのは。
「社長ォォォォ────ッ!!」
「……スコット君!?」
「え、えっ!?」
彼の声を聞いた途端、さっきまでずっと萎びていたドロシーの癖毛はピコンと立ち上がる
高級車はドロシー達の乗る車の直ぐ傍にブスンと煙を吐きながら停車する。
助手席から降りたスコットはヒュプノシアなどそっちのけにして
「大丈夫ですか、社長ーッ! アトリさんも無事ですかーッ!?」
大真面目な顔で、そんな恍けた台詞を大声で叫んだ。
ヒロインの危機に颯爽と駆けつける主人公。これぞ王道ですよね、心得ております。