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冷える日こそ紅茶の出番です。温かい紅茶にビッグサンダーチョコを添えて癒やされましょう。
「いつ来ても賑やかで素敵な街だな。外の世界の退屈さが嘘のようだ……」
13番街区の道路を走るグレーの高級車から街を眺め、少年のように目を輝かせながらある男が呟いた。
「……スティング卿、あまり窓の外を覗かないようにお願いします。貴方が来たことがバレると」
「なぁに、構わないさ。遅かれ早かれ異常管理局には勘付かれるだろうしね」
「……」
「彼らにバレるのは構わないが、私の素敵な時間を邪魔されるのは我慢ならない」
恰幅の良い紳士は懐から携帯を取り出し、何処かに連絡を取った。
「ああ、私だ。そろそろ始めてくれ……管理局の気を逸らせるよう派手に頼むよ」
スティング・レイ・ピグミー卿。この手の商売をしていると必ず名前が出てくるクライアントの一人だ。
世界でも有数の貴族生まれの資産家で、全世界の富の5%を独占している大富豪。そんな彼の趣味は剥製作り。金で買った動物を暫く鑑賞し、愛でに愛でた後に生きたまま解体……それを剥製として秘密の別荘に飾るのだ。
「……そっか。二人共、アイツに買われちまうのか」
既知の動物達では飽きたのか、近年は新動物にまで手を出すようになった。
そして、ついには異人種達にも……
「仕方ねえよな? 運が悪かったってやつだよ」
「え、スティング卿? 誰?」
「お嬢ちゃんの新しい男だよ! 以上!!」
「スティング卿はもうすぐ到着する。急いで彼女を着替えさせろ」
「……あいあい、仕方ねえなー」
「せめてお洒落な服を着せてね」
「うっせーな! 引っ叩くぞ!?」
売られていく商品に恨まれ、怨嗟の言葉を投げ掛けられる事には慣れていた。
涙ながらに助けを求められても、同情はすれど助けの手は差し伸べずに容赦なく売り払う事にも。
「ふやぁあ! もう叩かないで、お尻は弱いのー!!」
「知るかぁ! あーくそぉ! お前なんて攫うんじゃなかったぁー!!」
だからこそエイトはドロシーに調子を狂わされてばかりだった。
彼女は今まで運んだきた商品とは、大事な何かが決定的に違っていたのだから。
◇◇◇◇
「もうすぐお二人が囚われている廃工場に着きます。ご準備を」
「ゔるるるるるっ!」
「……飢えた猛獣運んでる飼育員さんってこんな気分なんでしょうかね」
「ゔぁぁぁん!?」
「あわっ、す、すいません!」
〈ガァァァァァァァァァア!!〉
ドガシャァァァァァン!!
廃工場へ向かうスコット達の車が交差点に出た瞬間、獣のような咆哮と共に乗用車が落下してくる。
「おや、これは……」
老執事は素速くハンドルを切って回避し、ブレーキを踏んで停車する。
「ふおおおっ!?」
「ゔぁっ!?」
「な、何ですか!? 急に……」
〈ガァァァァァァァァァアー!〉
〈ギュルルルルルルルゥ!〉
〈キョエェェアアアアアアアアアアアアアアー!!〉
彼らの目の前に広がるのは見たこともない巨獣の群れが街中で暴れ回る光景だった。
「ギャアアアー!」
「ちょっ、駄目ぇ! そこ齧っちゃ死ぬって……ぎょあああああああああ!!」
「ボォォォブ! 早く逃げるんだぁ、ボォォォーブ!!」
〈ギャオオオオオオオオオン!〉
「アバッ……サヨナラ────ッ!!」
見るからに凶暴そうな双頭のライオン、頭だけが四つ目のワニになった象のような巨獣、大鷲に大型獣の身体が融合した怪鳥、吠えるタコっぽい何か。
実にバラエティ豊かで禍々しい怪物達が逃げ惑う住民に大挙して襲いかかっていた。
「……あれも新動物って奴ですか?」
「いえいえ、あれは恐らく合成獣ですな。いかに新動物と言えどあそこまで凶暴なものは滅多におりません」
〈ギョアアアアアアアアー!〉
「……ちっ」
タクロウは住民達が怪物に襲われるのを見て舌打ちし、壊れていない方のドアを蹴り空けて外に出る。
「えっ、タクロウさん!?」
「……さっさと行け。こいつらは俺が潰す」
「はぁ!? ちょっと……」
〈ギャルルルルルルルルウッ!〉
降りたタクロウを獲物と定め、一頭の怪物が彼に襲いかかる。
「タクロウさん! 危なっ……」
「ざっっけんな、クソがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
────バゴンッ!
飛びかかってきた怪物は彼のパンチ一発で粉砕された。
「……えっ」
「おらぁ、さっさと行け! もたもたすんな、ぶっ殺すぞ!?」
「それでは此処はお任せ致します。ご武運を」
老執事はそのままバックし、方向転換して再発進する。
「あの通りは使えそうにないので少し遠回りになりますな」
「だっ、大丈夫なんですか!? タクロウさんを一人で残してきて」
「ああ、ご心配なく。あの方はその気になればリンボ・シティの住人を皆殺しに出来るだけの力をお持ちですから」
「はぁっ!?」
「はっはっ、冗談ですよ。少なくとも今はまだタクロウ様が皆殺しモードになる理由がありませんので。唯の腕っ節が強いだけの愛妻家ゴリラでございます」
本気とも冗談とも取れる笑えない台詞をさらりと言う老執事にスコットは震え上がった。
「オラァァァァァァッ!」
〈ギョワッ!〉
「来いや、このクソザコナメクジ共がぁ! 俺の街で好き勝手暴れやがって! 纏めて駆除してやるから覚悟しろや、オラァァァァァァッ!!」
〈ギョェアアアアアアアー!〉
「うらぁぁぁあー!」
「あーっはっはっはー!!」
怪物の群れを相手に一人で奮戦するタクロウの頭上を黒い影が笑いながら飛び越える。
「楽しそうなことになってんなぁーっ!!」
アルマは黒刀を振るい、音もなく飛びかかってきた怪鳥を微塵切りにした。
「あぁ!? お前は……」
「いいね、いいね! 遊べそうなやつが沢山居るね! まるで祭りじゃないかぁ!!」
「ヴィッチんとこの黒兎じゃねえか! 何しにきやがった!?」
「あ、オッサン! 久し振りだなー、こんな所で何やってんだ!?」
「俺の台詞だよ! あとオッサン言うな!!」
〈ギャアアアアアアアアアアアアアッス!〉
〈ビョアアアアアアアアアアー!〉
〈グルォァァァァー!〉
騒がしい街中でばったりと遭遇し、お互いに声を掛け合った二人に怪物達は一斉に襲いかかる……
「……ちっ」
「あははっ!」
だが無数の牙は二人に掠める事もなく、怪物達は瞬きする間にグチャグチャの肉塊になって果てた。
「あー、くそっ! 気分悪ぃー! よりによって黒い方の兎に会うなんてよ!!」
「あははっ、最高だぁ! あのオッサンと二人っきりなんてさ!!」
「オッサン言うな! タクロウさんと呼べ!!」
「んじゃぁ、今日はあたしと遊ぼうか! タクロウおじさん!!」
〈ギョルルルルルルルルァアアアアアー!!〉
「待たせたな、お前たちぃー!」
なし崩し的にアルマもパーティーに加え、未だ数の多い怪物達を相手に立ち回ろうとした所に凛とした叫び声が聞こえてくる……
「我が名はブリジット! ブリジット・エルル・アグラリエル! 誉れあるアグラリエルの名において、無辜の民に牙を剥く穢れし魔獣を殲滅する!!」
いつぞやの二人組が泣きながら運転する車の屋根に乗り、大胆なスリットの入ったチャイナドレス姿のブリジットが剣を構えて参上した。
ビッグサンダーチョコの代わりにスニッカーズでも良いですよ。紅茶によく合います。