17
場所は移り、13番街区の南端にある廃工場。
「エイトくーん?」
「……」
「……あれ、聞こえてないのかな。エイトく」
「うるせえな! 何だよ!!」
「あ、聞こえてたの。返事をくれないから寂しかったじゃないの」
ドロシーはエイトに馴れ馴れしく声をかける。
既に彼女との会話にうんざりしていたエイトはだんまりを決め込むつもりだったのだが……
「僕が売られちゃうまであとどのくらい?」
「そんなの聞いてどうすんだよ!?」
「気になったから」
「気になるか!?」
しつこく話しかけてくる彼女に乗せられ、ついつい口が開いてしまう。
「早くした方がいいよ。もうすぐ此処に僕のファミリーが来ちゃうから」
「ああ! 何だって!?」
「だからね、此処に僕のファミリーが来ちゃうの。急がないと面倒なことになるよ?」
「出任せいうな! この場所がバレるわけねえだろ! 連れの男は殺したし、人目につかねえ道を通ってきた! 嬢ちゃんが何者か知らねえけど……アンタの家族が居場所を」
「それがわかっちゃうのよ」
「はぁ!? お前、何を言って」
「僕はファミリーと、そして何よりお義母様と強い絆で結ばれてるから……」
ドロシーの家族、そしてお母様という言葉がエイトの心に突き刺さる。
世の中には、運のいいやつと悪いやつがいる。
物心がつく前に母を失った彼が路地の陰で寒さに凍える中、大通りで両親に手を繋がれて幸せそうに歩く子供を見た時に悟ったこの世の理だ。
やがて彼は金があれば生きていける事を知った。
金があれば、飯が食えて、服も買える。仲間だって手に入る。金があれば、自分も運のいいやつになれると信じてどんな事でもした……
今回のように見ず知らずのカップルの片割れを誘拐して売り払うような。
「……何なんだよ、お前は」
エイトにとって彼女はただの運の悪いやつである筈だった。
「お前はこれから売られる運の悪いやつなんだ……それなのに」
彼女はただの金になる商品である筈だった。
「それなのに、何でそんな目で俺を見るんだよ……!」
そんなドロシーに逆に憐れむような眼差しを向けられ、冷たく凍りついたエイトの心が徐々に溶け始めていた。
「……だって可哀想だから。君の目を見ていると悲しくなるの」
「……あ?」
「苦労したんだね、エイト君」
その言葉が彼の心の琴線に触れた。
そしてその瞬間から彼女は大事な商品としてではなく、気に入らない女にしか見えなくなった。
「……じゃあさ、少し確かめていいかな」
「何を……っ」
エイトは身動きの取れないドロシーに近づき、その衣服を乱暴に破って生意気な胸を露わにさせる。
「っ!!」
「今から、お前は酷い目にあうけど それでもそんな舐めた口聞けんの?」
ドロシーは宝石のような双眸にエイトを映す。
その瞳が特に不快だった。
彼女の瞳に込められた感情は、怒りや嫌悪ではなく 憐れみだったのだから。
「……だからっ!」
今にも犯されそうになっているというのに、ドロシーは嫌がる素振りも見せなかった。
「その目をやめろっていってるんだよ!!」
彼女の視線に耐え切れず激昂しそうになった時に動物屋が慌ただしく部屋に入ってくる。
「おい、エイト。商品には手を出さないんじゃなかったのか?」
「……まだ出してねえよ。あんまり舐めた口を聞くから、脅しをかけてやっただけだ」
「そうか。それよりすぐに準備しろ……もうクライアントが到着する」
相棒の言葉を聞いてエイトは多少冷静さを取り戻した。
ようやくこの気に入らない女ともさよならだ。
クライアントの手に渡ってからの事は、彼の知るところではない。
「わざわざこんな所まで来るなんて……よっぽどあのゲテモノが気に入ったのかね。で、この嬢ちゃん達はどうだって?」
「写真を送ったところ大層気に入ったみたいでな、是非とも購入したいそうだ」
「どっちを?」
「両方だ」
……ついにドロシーに客が付いた。
だが今のエイトにはその事を喜ぶ余裕は無かった。
「そりゃ……ありがたい話で」
「どうした?」
「なんでもねぇ。じゃあ行きますよ、お嬢ちゃん」
「……まだ立てないし、歩けないんだけど。それと服がエイト君に」
「……ったく、言われなくてもわかってるよ! 本当に生意気なガキだな!!」
エイトはドロシーを強引に立ち上がらせて担ぎ上げる。
「こんな運ばれ方はやだよ、もう少し」
「うるさい! 喋んな!!」
減らず口を叩くドロシーの尻を思い切り叩く。
「ふやぁ! ちょっと、お尻を叩かないでよ! 商品を傷物にしないのがプロなんじゃないの!?」
「うるさい!」
「はびゃあっ!?」
「尻の腫れはノーカウントだ! 次に何か言ったらもっと酷えぞ!?」
どうすればここまで生意気な娘に育つのか、エイトには理解できなかった。
「……」
「何だよ、相棒! 文句あんのか!?」
「いや、別に? お前がここまで荒れるのも珍しいと思ってな」
「うぎゅぅ……、二回も叩かれた……お義母様にも叩かれたこと無いのに……」
「喋ったな、叩くぞ!?」
「や、やめてぇ! お嫁に行けなくなっちゃうー!!」
「これからお前は嫁に行くんだよ、バーカ!!」
理解したくもない、この女とはもうお別れなんだから。
エイトはそう自分に言い聞かせて精神を落ち着かせながら彼女を抱えて部屋を後にする。
「……で? そのクライアントはどなた様??」
「ああ、例の剥製マニアのスティング卿だ。この娘達には災難だな……」
「……!」
その名を聞いてエイトは動揺した。
考えうる限りで最悪の買い手が彼女に付いてしまったからだ。
ヒロインの衣服が悪いやつに引き裂かれるのは様式美ですよね。
思っていたのと違うのはヒロインが普通じゃないからです。