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「……な、何なんだ、あの子は……」
それは正に一瞬だった。
大口径のライフル弾による狙撃、装甲車も凹ませる魔導装甲隊員の打撃攻撃を受けても怯みもしなかった猛獣は、ドロシーが放った たった数発の弾丸 で地に伏した。
それでも尚飛び掛かって来たが今度は突然発生した 凄まじい衝撃波 で銀行まで吹き飛ばされてしまった。
ドロシーが化け物を一瞬で撃退する光景を目の当たりにし、リュークは彼女の姿が見えなくなった後も彫像の如く硬直していた。
「……あんな、あんな銃一丁であの化け物を……!」
「ああ、あの女が持ってたのは銃じゃないぞ。あれは魔法の杖だ」
「……え?」
「あの女は魔法使いだ。あんなの一匹じゃ相手にならん」
「ま、魔法使い!?」
「言わなかったか? 強力な助っ人を呼んだって」
警部の言葉を聞いて、何も知らない新人はようやく彼女が呼ばれた理由を理解した。
「動くな、動くなよ! こいつらを撃ち殺すぞ!?」
「少しでも動いてみろ、全員ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやるからな!!」
「その手に持った銃を捨てろォ! 今すぐぅ!!」
『銃を捨てろ』と喚き散らす強盗犯にドロシーは怪訝そうに首を傾げる。
「え、銃? 何のこと?」
「惚けんなァ! その右手に持ってる銃だ! 早く捨てろ!!」
「あ、これ? これのことねー」
くすくすと笑いながら右手に持つ回転式拳銃を自慢気に見せびらかす。
「これはね、拳銃じゃないよ。杖だよ、銃を模した魔法の杖。銃型魔法杖って知らない? 銃を模して作られた今時のカッコイイ杖よ」
「知るか! いいから捨てろ!!」
「もういい、まずはこのハゲから殺す! もう殺す!!」
「んーッ!!」
「あっ! 待って、待って! 捨てる! 捨てるからバーニィを殺さないで!!」
数秒前までの余裕に満ちた態度から一転、ドロシーは慌てて右手の銃を地面に落とし、偉そうな中年男を殺さないよう嘆願する。
「その人、偉そうに見えるけどいい人なの……家族以外には嫌なやつだけど、家族の前では凄い優しんだよ!」
「知ぃぃるかぁああー!」
「武器はもう捨てたから! だから話し合いましょ! 君たちの要求は何!?」
「はぁ!? だから 車を寄越せ って言ってんだよ! ずっっと車寄越せって言ってるだろ、ふざけんな!!」
「車!?わかった、用意する! だから人質を開放して!」
「あぁん!? まずは車を寄越せ! それからだぁ!!」
「本当だよ、本当にすぐ用意できるから! 呼べばすぐ来るから!」
ドロシーは顔中に汗を浮かばせてわたわたしながらそんな恍けた事を言う。
「ハマ────ッ! 早く来て、ハマー!ホラ呼んだよ! 人質を開放して!!」
「はぁ!?」
「ああ、大変! もう来ちゃう!!」
「おい、この女やべーぞ! どうする!?」
「もうこの女から撃ち殺せ!」
「ああーっ! 皆、伏せてぇええーっ!!」
彼女がそう叫んだ瞬間、腕の生えた大きな車がエントランスをぶち破ってくる。
「はああっ!?」
〈ヴァルッシャアアアアアアアアアアア!!!〉
「な、何おぶえぇっ!」
ドグチャッ
HUMMERとマーキングされた有機的なデザインの大型車が叫びながら強盗犯5人に突っ込む。
車体が大きくバウンドしたお陰で咄嗟に床に伏せた人質達は助かり、強盗だけが轢き殺される形となった。
〈……ヴルッ、ヴッ、ヴヴッ、ヴーッ!〉
「……ほら、車が来てくれたよ。これで満足した?」
〈……ヴー……〉
「よくやったね、ハマー。後でご褒美にビーフジャーキーをあげるわ」
〈ヴルルルルルッ!〉
ドロシーは車の赤い染みとなった5人に冷ややかな笑みを向けて杖を拾い上げ、車体の下から芋虫のように這い出してくるバーニィに歩み寄った。
「んーっ! んーっ!」
「危なかったね、バーニィ。子供の誕生日前なのに悲しい報せを伝えずに済んで良かったよ」
ドロシーはまるで付き合いの長い友人と接しているような軽い口調で話しかけ、バーニィの口を塞ぐガムテープをベリッと剥がす。
「ぶはぁっ! この魔女がっ! ふざけるなよ!? 何てことをするんだ! クズ共と一緒に私たちも殺す気か!?」
「何って、みんなを助けてあげたの。ほら、頑張ったハマーにお礼を言ってあげて」
〈ヴァルルルルル!〉
「死にかけたぞ!?」
「君たちは死んでないでしょ? 今からロープを解いてあげるからみんなと一緒にさっさと逃げて」
バーニィの身体を縛るロープに杖を向けると先端が白く点滅し、固く縛られていた筈のロープがするりと解れる。
残る6人も同様の方法でロープから開放してドロシーはにっこりと笑う。
「あれ、お礼は?」
「……誰が言うか」
「だよねー、君が家族以外にお礼を言うなんてあり得ないものね」
〈ヴシャルルル!〉
「あ、ごめんねハマー。お疲れ様、もう戻っていいよ」
ドロシーがハマーの車体を軽く叩くと大きな車体は瞬く間に折り畳まれ、彼女が持参したキャリーバッグの姿に戻る。
「じゃあまたね、バーニィ。残った悪い子にお仕置きしてくるよ」
そう言ってドロシーはバーニィの肩をポンと叩き、銀行の奥へと向かう。
「……何が幸運の女神だ。厄病神め、今度こそ絶交だ」
バーニィはかつてのトラウマを思い返しながら吐き捨てるように言うが、ドロシーはそんな彼に『あはは』と笑い返した。
カレーの隠し味に少量の紅茶を使うとぐっと旨味が出ます。おすすめです。