16
その時不思議な事が起こりました。
《……ドリー、》
「……あ」
《ドリー、聞こえる?》
「……」
突然、ドロシーの脳内にルナの声が聞こえてくる。
「……」
「何だよ!? ジロジロとこっち見んなよ!」
苛立つエイトを切なげに見つめた後にドロシーは目を閉じる……
目を閉じた彼女の瞼の裏には真っ白な空間が広がり、此方を心配そうに見つめるルナが立っていた。
『……大丈夫? 怪我はない?』
『うん、大丈夫。心配かけてごめんなさい……』
『……ふふ、本当に心配ばかりかける子ね。一体、誰に似たのかしら』
ルナはドロシーの頬に触れて そっと額を合わせる。
離れた場所にいる筈なのに、確かに感じるルナの温もりにドロシーは安堵した。
『……きっと、お父様に似たのよ』
『ええ、そうでしょうね』
『……今日は、お父様の事を茶化しても怒らないのね』
『ふふふ、叱るのは家に帰ってきてからよ。その為にもまずはドリーの居場所を教えて貰うわ』
すると真っ白な空間が塗りつぶされるようにしてドロシーの囚われている殺風景な部屋に変化する。
『……これだけじゃわからないわね』
続いて殺風景な部屋が塗りつぶされ、ある寂れた廃工場がぼんやりと浮かび上がった。
『此処ね、貴女が捕まっているのは』
『僕だけじゃないよ、アトリちゃんも……』
『お友達と一緒に捕まっちゃうなんて……よっぽど浮かれていたのね』
『あはは……ごめんなさい』
謝るドロシーの頭を軽く叩き、ルナは義母として義娘に言い聞かせる。
『恋をするのはレディとして当然の権利だけど、盲目になっては駄目よ? 覚えておきなさい』
『……はい、お義母様』
ドロシーの額に口づけをし、ルナが微笑んだのと同時に二人だけの世界は青い光に包まれて泡のように消えていった……
「……ッ!」
そしてルナが青い目を見開く。
「……マリア、アーサーに伝えて。あの子は広場から南に進んだ所の廃工場に居るわ、お友達も一緒にね」
「かしこまりました、奥様」
マリアはアーサーにドロシーが囚われている廃工場の位置を伝える。
周囲に浮かんでいた青い光はルナが目を覚ますと同時に音もなく消え去る。
「……はぁ……はぁ……」
「……奥様、大丈夫ですか?」
ルナは胸を抑えて苦しげな息を漏らす。
マリアは咄嗟にルナの背中を擦り、消耗した彼女に心配そうに声をかける。
「……ふふふ、もう歳かしら。昔のように長く繋がらなくなってきたわ」
「……」
「それと、奥様と呼ぶのはやめなさい?」
「申し訳ございません、ルナ様」
「次にあの子が迷子になった時は……アルマに、お願いしようかしら……ね」
「……次はございませんわ。お嬢様は私たちが必ずお守りしますから」
「……ふふふ、頼りにしているわ……」
その言葉を聞いて安心したのか、ルナは小さく笑って意識を失う。
マリアは眠りに就いた彼女をそっと抱き上げて寝室に運んだ。
◇◇◇◇
「それでは、これよりお嬢様をお迎えに参ります」
老執事は携帯をしまってアクセルを踏み込み、勢いよくUターンして逆方向に走り出す。
「い、居場所がわかったんですか!?」
「はい、とある方のお陰です。いやはや、親子の絆とは本当に尊いものですな」
「ゔるるるるるる……!」
「あ、あの……その、タクロウさん。本当に、その」
「あぁん!?」
「ひいっ、ごめんなさい! すんません!!」
「うるせぇ、とにかく飛ばせ! 殴るのはアトリさんを助けてからだ!!」
後部座席には怒り心頭のタクロウも乗車していた。
勇ましい高級車のボンネットは大きく凹み、後部ドアは力ずくでこじ開けられて見るも無残な姿に成り果てている……
『お前らぁぁぁぁ! お前らぁぁぁぁーっ!!』
『わぁぁぁあ! ごめんなさい、ごめんなさい!!』
『攫われただぁぁぁー!? ふざけんなよ、コラァァァァー!!?』
『あわわわわわっ!』
『どういうことだ、スコットォオオオオオ!? アトリさんはお前が居るから安心だとか言ってだなぁななぁー! それがぁぁぁー!?』
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃいー!』
『ごめんなさいじゃねぇよぉおおおおー!!』
恐れ慄くスコットに怒り狂うサイボーグゴリラは怒号を飛ばす。
妻が攫われたと聞いて居ても立っても居られなくなったタクロウは店を飛び出し、13番街区を走り回っていた所でスコット達の乗る車に衝突した。
当然、今の彼は怒り心頭。普段は魔女にしか向けられない筈の殺意をスコットや老執事にも向け、車ごと二人を叩き潰さんという勢いだった。
『タクロウ様、少々お静かにお願い致します』
『ヴァァァァァァン! 何落ち着いてんだ、執事さんオァアアー!? お前からミートパテにするぞオアアアーッ!?』
『お、落ち着いてください! アトリさんが攫われたのは……俺の』
『アトリ様が攫われたのは私の責任です。事が済めば煮るなり焼くなり好きにしてくださって結構』
『!?』
『お前ぇぇぇぇぇー!!』
荒れ狂うゴリラに正直に打ち明けようとしたスコットを遮るように老執事は言う。
『ぶっ殺すぞ!?』
『はい、ご自由に』
『八つ裂きにすんぞ、コラ!』
『八つ裂きでよろしいのですか? ミートパテではなくて?』
『あ、あの! 執事さん……!!』
『ゔるるるるるるる!!』
『ですが、その代わりにお願いがございます』
『あぁん!?』
老執事はタクロウの血走った目をジッと見つめてこう言った。
『私がお嬢様の分の恨みも引き受けますので、私を殺した後はお嬢様に対する一切の恨み辛みを忘れて友人として接して頂けますようお願い致します』
老執事が真顔で発した言葉にタクロウは静止する。
『……あ?』
『もう一度、言いましょうか? 私がお嬢様の分の』
『待て、待て待て。本気で』
『本気です。貴方が本気で私を恨み、殺したいと思っているのと同じようにね』
『……っ』
『悪くない条件とは思いませんかな?』
『……ぁぁぁぁぁぁっ! クソがぁぁぁっぁああああ!!』
タクロウは彼の本気を見て頭を抱える。行き場のない怒りを近くの街灯にぶつけ、肩を震わせながら何度も深呼吸し……
『……この妖怪執事め。あの女が、あんな性格になった理由がよくわかるぜ……』
タクロウの発言を最大の賛辞と受け取り、老執事はニッコリと笑った……
「……」
「車の修理費に関してはご心配なく。替えの車が御座いますので」
「知るか、元々弁償する気もねえわ」
「はっはっ、それでは飛ばしますのでしっかりとお掴まりください」
愛妻ゴリラをパーティーに加え、黒塗りの元高級車は猛スピードで街中を疾走した。
夢も魔法もありますからね。これくらいの神秘はセーフです。