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魔法や暴力など無粋。真の魔女は言葉で殺す……!
「あらぁ、どうしたのアーサー君?」
ウォルターズ・ストレンジハウスで待機していたマリアは老執事からの連絡に嬉々として応じる。
「貴方から私にお電話なんて珍しいじゃない? ひょっとしてついにお別れを言われちゃうのかしら? 寂しいわぁ、可愛くない後輩が居なくなってしまうなんてー」
しかし喜色満面でありながらも彼女の発する言葉には毒気が混じっていた。
『はっはっ、そうしたいのは山々なのですが残念ながら違います』
「では、何の用かしら?」
『ルナ様にお代わり頂けますかな?』
マリアはくすりと笑ってルナに自分の携帯を渡す。
「ルナ様、アーサー君からお電話ですわ」
「もしもし、どうしたの? アーサー」
「うふふ、持ち方が逆です。此方を耳に当てて……」
「もしもし」
「うふふふ、少し位置が変ですが……お話は出来るでしょうね」
ルナは慣れない手付きで通話に応じる。
『ルナ様、いきなりの事で大変恐縮なのですが』
「ええ、何となく察しがつくわ。ドリーに何かあったのね?」
『はい、申し訳ございません』
携帯を逆さに持ちながら、ルナは『そんな気がしていたわ』と言いたげな顔で言う。
『ですので、少しご助力お願い頂けますでしょうか?』
「どう助ければいいのかしら?」
『お嬢様が何処に居るのかを教えて頂きたいのです』
老執事の遠回しな『お嬢様が攫われてしまいました』発言にルナは苦笑した。
「それで貴方は今、何処に居るの?」
『13番街区のロードリック紅茶店のある路地を抜けた先の広場から北に進んでいる所です』
「そこで止まりなさい」
『かしこまりました……あっ』
キキィイイイイイィイ!
ドンッ!
『うわぁぁあ! 執事さん! 今、今……何か轢いちゃいましたよぉ!?』
『スコット様、お静かにお願い致します』
『ヴァァアァァァァァァァァァ!』
『うわぁ! 生きてるぅ! あ、あの人は……! ヤバい、滅茶苦茶怒ってますよ! 滅茶苦茶怒ってますよ、あの人ぉぉぉー!!』
『お静かに』
『ヴェアァァァァァッ────!!』
電話越しに聞こえてきたブレーキ音と鈍い衝突音、続けて聞こえてきたゴリラのような絶叫に顔をしかめてルナは携帯から耳を離す。
マリアはそっと携帯を受け取り、ふふふと愉快げに笑った。
「お嬢様の場所は掴めますか?」
「……掴んでみせるわ、私の可愛い義娘だもの」
ルナはすうっと深く息を吸って精神を集中させる。
「お腹を痛めて産んだ子供じゃないけど、私と同じ血が流れているんだから……何処に居ても繋がるはずよ」
そして彼女は目を閉じる。彼女の垂れた兎の耳はふわりと起き上がり、それに呼応しているかのように周囲に小さな青い光がポツポツと浮かんだ……
◇◇◇◇
「……それで、君はこの仕事をしているわけね。知り合いに紹介されたから」
「ああ、そうだよ」
「酷い知り合いだね」
「はっは、全くだよな。でもそこまで悪いやつじゃ無かったんだ……昔はな」
場所は変わって何処かの廃工場の一室。囚われのドロシーはエイトと会話を続けていた。
「人を攫って、そして売る。それが君のお仕事……」
「はっ、何だよ? 軽蔑しますってか? 存分にしてくれていいよ」
「ううん、いいんじゃない? 君が満足してるなら……それが君の正解なのよ」
「……そりゃ、どうも」
「もっと胸を張ればいいじゃないの、こう……!」
「はっはっ、俺は嬢ちゃんみたいに張れる胸はねーんだよ。生意気に育ちやがってさー」
「あははー、気になる? でも触っちゃ駄目よ」
「触らねーよ、バーカ」
ドロシーと会話する内にエイトの胸に不思議な感覚が込み上げてくる。
(本当に、不思議な娘だな。妙に図々しいというか、馴れ馴れしいというか……何なんだ? 俺が怖くねえのか? 俺はこれからお前を売ろうとしてるんだぜ?)
唯の気紛れで話し相手になったつもりが、いつしかドロシーのペースに飲まれていた。
もう20分以上も彼女と会話が弾んでおり、気がつけば自然と笑みを浮かべてしまう程になっていた。
「ところで、聞いていい?」
「ん? 何だよ」
「この仕事はいい稼ぎになるって君は言っていたけど」
「……ああ、稼げるよ。真っ当な仕事じゃまず手に入らないような大金がな」
「そんなにお金を稼いで君は何をしたいの?」
「……は?」
「お金はそんなにいいものかな?」
そんなドロシーが不意に発した言葉でエイトは鋭い目を大きく見開く。
「……」
彼女が発した何気ない一言が、彼をどうしようもない現実に引き戻した。
「……そうだよ?」
少し硬直した後にドロシーの顔を乱暴に持ち上げ、威圧するように言った。
「金はいいもんだ、それに……それがなきゃ生きてけねえ。わかんないかな?」
「んぎゅ……っ」
「稼げれば稼げるだけいいんだ。どんな手を使ってでも、金さえ稼げれば生きていけるんだよ! 金が貰えるならどんな事でもしてやるよ!!」
「……そう」
「世の中は金が全てなんだ! 金がなくても生きていける……そんな世界を俺は知らねえんだよ!!」
その言葉とは裏腹に、エイトの胸中には自分でも良くわからないもやもやした感覚が駆け巡っていた。
(……何で、このタイミングでそういうこと言うんだよ。お嬢ちゃん)
確かに金は必要だ、金がなければ生きていけない。
男は幼少時からそれをその身に刻み込まれながら生きてきた……だが最近、彼は考えるようになっていた。
(畜生、話しすぎた。らしくねぇなぁ……こいつは商品だぞ? これから売られるガキ相手に何をムキになってんだよ。たかが金の使い道を聞かれただけじゃねえか……)
ここまでして稼いだ金で、一体何がしたいのかと。
その事をドロシーに突かれ、エイトは思わず血の気が上がってしまった。
何も出来ない少女相手に感情的になった自分を自嘲しながらそっと彼女を放す。
「……だからさ、あんまり余計なこと言って俺を怒らせんなよ? アンタには高く売れてくれなきゃ困るんだ……うっかり殴って痣でも出来たら台無しだ」
「……」
「……そう、それでいいんだ。黙って大人しくしてりゃ何もしねえって。商品を傷物にするのは商売人として失格だからな、そこは信用してくれていいぜ」
エイトは彼女に背を向けてポケットから携帯端末を取り出し、よく利用している会員制の闇オークションサイトを開いた。
「お金が全て……ね。あはは、お金ってそんなにいいものだったんだね……」
「……」
「お金で良かったら、好きなだけあげるよ? 僕……お金には困ってないから」
「あ、そう。そりゃ良いご身分ですね、お嬢ちゃん。でもそういう出任せは通じねえんだわ、俺はプロだからさ……」
「何よ、全然……駄目じゃないの」
「はい?」
「お金が貰えればどんな事でもしてくれるんじゃなかったの?」
「……!」
「例えば、この縄を解いて……僕を逃してくれるとかね」
先程までとは打って変わり、まるでこちらを挑発しているかのようなドロシーの口ぶりにエイトは苛立ちを覚えた。