12
「ん……」
薄暗く、冷たい何処かの部屋でアトリは目を覚ます。
そこは中心にパイプ椅子と簡素な机が置かれ、そして部屋を照らす為の電球が吊るされているだけの殺風景な部屋だった。
彼女の両腕は後ろで縛られ、薬が未だ効いているのか身体に力が入らない。
「ここは……何処? ドロシーさん達は……」
一緒に居た二人の姿が見当たらない。
どうやら二人は別の部屋にいるか、自分だけが連れ去られたようだ。
「おー、目が覚めたか。気分はどうだ?」
部屋のドアを開けて二人の男が入ってくる。
運び屋のエイトと動物屋の黒コートの男だ。
「おや、これはまた……」
動物屋は彼女に近づき、その顔をまじまじと見つめる。
「大当たりだな。君は高く売れるぞ」
「だろ?」
エイトは薄ら笑いを浮かべて言った。
その言葉だけでアトリは自分がこれからどんな目に遭うのかが容易に想像できた。
「ドロシーさん達は、何処ですか……?」
「ドロシー? 誰??」
「一緒に居た……金色の、髪の人は何処ですか……?」
「あー、あの嬢ちゃんか。その娘は別の」
「待て、ドロシーだと?」
その名前を聞いて動物屋は血相を変える。
「ドロシー・バーキンスか!?」
ドロシーという名はさほど珍しい名前ではない。
だがこの街の住人である以上、ドロシーという名前の金髪の娘と聞いて真っ先に思い浮かぶ人物は十中八九あの魔女である。
その他大勢の善良なるドロシー女史への風評被害は計り知れない。
「は? どなた様ですか、そいつは??」
「……いい加減に少しはこの街のことを調べろ。有名人どころの騒ぎじゃないぞ!!」
エイトにはそれがどんな相手か全く想像も付かなかったが、相棒の様子から只者ではない事だけは察した。
誘拐屋にあっけなく捕まってしまっていたが。
「そうか、やばいのか……。で、それが何か問題?」
「大問題だ! その娘はあの」
「そっかー、でも関係ないだろ? そいつはもう何も出来ねえし、連れの男も今頃死んでるよ」
エイトが軽い態度で言い放った言葉にアトリは目眩を覚えた。
「それに、見ろよこの娘。な? そのドロシーって娘もそうだ……二人共やばい値段がつくぞ」
「……全く、お前って奴は!」
「まぁまぁまぁまぁ……落ち着けよ、相棒?」
動物屋の肩を軽く叩いてエイトは宥めるように言う。
だが、口に出した言葉とは裏腹に彼の目は濁り、その表情は様々な感情が入り混り笑っているともつかない複雑なものだった。
「俺たちは何のためにこんなことをしてるんだ? ん??」
そんなエイトの顔を見て動物屋は思わずたじろいだ。
「……」
「金のためだ。俺は金が稼げるなら何だってする、あんたはいい商品が手に入ったと素直に喜ぶ。そんで、商品を金に変える……それでいいじゃねえか」
「それも、そうだな」
「それじゃあ、俺は向こうの嬢ちゃんを見てくるから。この子を頼んだぜー」
エイトは動物屋に彼女を任せて部屋を出た。
「……ッ!」
「まぁ、そんなに睨むな。俺はお前たちに何もしないさ」
そう言って動物屋はタバコを取り出して一服しようとするが、そこに誘拐屋のリーダーがやって来る。
「どうした?」
「……少し良いか」
「?」
「来てくれ、話がある」
リーダーの男に呼ばれて動物屋も退室する。
「……タクロウ、さん……」
冷たい部屋で一人残されたアトリは愛する夫の名を呟き、込み上げてくる不安に小さく震えながら啜り泣いた。
「それで、話とは何だ?」
外に出た動物屋はリーダーに問う。
赤いマスクを取り、顕になったその男の表情は暗く沈んでいた。
「……どうした? 具合が悪いのか」
「……アイツらから連絡がない」
「何?」
「仲間からの連絡がないんだ」
誘拐屋のリーダーはこの商売をしてもう十年になる。
メンバーとの付き合いも長く、その所業は決して許されることではないが、彼と仲間達との間には強い絆が芽生えていた。
そんな仲間意識の強い彼らには毎日約束の時間に必ず連絡を取り合うという絶対のルールがある。
「連絡がないのは誰だ? メイクか? ロンか? それともビリーか」
「残してきた四人共だ。一緒に来たジンの方にも連絡が来ていない」
その連絡がないという事は、他のメンバーに何かが起きたという証拠だ。
「……」
「四人が一度にやられるのは想定外だ」
リーダーは沈痛な面持ちで呟く。
彼らとは長い間苦楽を共にしてきた共犯者であり、異界門の影響で望まぬままこの世界にやって来てしまった漂流仲間だったのだから。
「……もう、この仕事は出来ないな。俺たちはここまでだ」
「待て、まだ仕事はあるぞ……明日には」
「……」
「おい、ジェイク!」
ジェイクと呼ばれたリーダーの男は振り向かずに廊下を数歩進んだ後、絞り出すように言った。
「俺たちはもう、疲れたんだ」
ジェイクの疲れ果てた声を聞き、誘拐屋は重い溜息を吐く。
「……金はいつもの口座に入れておく」
「……助かるよ」
「ジンはどうする? アイツも連れて行くのか?」
「ああ、そのつもりだ。ジンが続けたいって言うなら止めないがな……」
「……いや、いい。お前と一緒にクビにしたと伝えてくれ」
「……すまん」
動物屋は振り向かずに去っていくジェイクを寂しげに見送った。
「この世界で、一人になるのは辛いからな……」
動物屋にも誘拐屋の気持ちが痛いほどわかった。
彼も異界門によって元の世界からこの街に放り出されたのだから。
元の世界に家族を残して……
「でも、仕方ないな。ここで生きるためにも 金が要るんだ……」
そう自分に言い聞かせ、動物屋は寂しく笑いながらアトリの部屋に戻る。
その廊下や建物内部の様子から、彼らがいるこの場所は何処かの廃れた工業施設という事が窺い知れた。
彼らは犯罪者ですが、畜生ではありません。畜生にも成り切れないのです。