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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.5 「二兎追う者だけが二兎を得る」
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11

「……は?」


 いきなり首が曲がって崩れ落ちる男の背後には、一人の老人が立っていた。


「やれやれ、困ったものですな」

「なん───!」


 突如として現れた老執事は素早い身のこなしで走り寄り、緑のマスクの男の胸ぐらと片腕を掴みながら同時に足先を払い、硬い地面に叩きつけた。


「がっはっ!」


 勢いよく地面に投げつけられた緑マスクの男は一瞬で意識を刈り取られ、白目をむいて失神する。


「なんだ……お前は!?」

「執事ですよ。そこで倒れている男とご一緒していた筈のお方のね」

「なっ!」


 老執事は更に動きの止まった黒マスクの男の顎を掌底打ちで砕いて一撃で無力化した。


「……!!」


 先程まで四人いた筈の誘拐屋は、瞬く間に紫マスクの男一人になってしまった。


 彼は何が起きたのかわからなかった。

 目の前に立つのは年老いた人間(ヒューマン)……それが異人(ワンダー)である三人の仲間をあっという間に倒してしまったのだ。



(……あんな、ジジイ一人に……アイツらが!?)



 彼はただその光景に混乱するしかなかった。


「少し彼を過大評価しすぎましたか。お嬢様が選んだとは言えまだ新参者……この街の()()()()を知らなかったようですな」

「ちっ!」


 紫マスクの男は目の前の老人には勝てない、それを即座に理解し足元の地面を強く蹴り出す。


 彼らは脚力に優れた異人種、そのジャンプ力は一飛びで十数メートルもの跳躍を可能にする程で普通の人間ではどうあっても追いつけない。


「な……っ!」


 だが高くジャンプした筈の男の体は、空中でピタリと静止した。


 ギリ、ギリ、ギリ……


「なぁぁあっ!?」


 気がつけば紫マスクの男は 大きな青い腕 に捕らえられていた。


「……ぐっ……ぐぐ……」


 頭を殴られて昏倒していたスコットがふらつきながら起き上がる。

 スコットの背中から伸びる青い腕は、ギリギリと少しずつ力を込めて男を締め上げていく。


「……」

「スコット様、その辺りで力を抑えてください」

「がっ、ぐああああっ!」

「……」

「スコット様?」

「がああああああっ!」


 老執事に制止されても、悪魔の腕は一向に力を緩めない。


「……ぐぐっ」

「スコット様」

「……ぁぁぁああああああああああ!!」


 悪魔の腕は紫マスクの男を捕まえたまま勢いよく地面に叩きつけ、路地を真っ赤な血で染めた。


「……何とまぁ」

「ハァ、ハァ、ハァッ……!」

「大した悪魔ぶりでございますな」


 老執事はスコットの容赦ない所業に苦笑いしながら地面に落ちていたアトリの携帯を拾い上げる。


「……はっ、あ、あれ……? 俺は……うわぁっ!?」


 ここで正気に戻ったスコットは眼前の血の海に仰天する。


「な、何だ! この血……! あれ、社長!? 社長ー! 何処ですかっ!?」

「おはようございます、スコット様」

「あっ! し、執事さん!? これは一体……」

「ああ、少しお静かにお願い致します」

「え、あの……」

「お静かに、お願い致します」


 状況が読み込めずにあたふたするスコットを黙らせ、老執事はアトリの携帯で何処かに連絡を取った……



「はぁー……心配だなぁ」


 ビッグバードで留守番中のタクロウは妻からの電話を今か今かと待ちわびていた。


「やっぱり着いていけば良かったなぁ。アトリさんはヴィッチ(ドロシー)新人(スコット)が一緒だから大丈夫って言ってたけどさー……心配だよ、俺ぁ」


 タクロウは愛する妻の身を案じ過ぎて気が気でなかった。


 この13番街区の住民である彼は此処が畜生共の巣窟であることをその身に刻んできており、そんな中を彼女のような麗しの人妻が出歩くのは自殺行為に等しい……


「アトリさんは自分の美しさを自覚してないんだよ、あんな超絶美人を他の男共が放っておくわけないよー」


 と、本気で思っているからだ。


「あーっ、あーっ! 大丈夫かなー! 大丈夫かなー!? あーっ!!」


 魔境と呼ばれているこの13番街区だが、実は()()()()治安が最悪なわけではない。

 少数とはいえ普通の人間も問題なく暮らせている上に、住民の8割方を占める異人も元を辿れば大多数が異界に住んでいただけのただの一般人だ。

 ()()()()()()()()()()()()白昼堂々と犯罪に出くわす事はない。


 >プルルルルルル<


「はぁっ!」


 ついにタクロウの携帯にアトリの電話から通話が入る。

 嬉しそうに目を輝かせながら愛妻ゴリラは通話に出るが……


「はい、もしもしぃ! 俺だよハニー! どうだい、ショッピングは楽しめてるかい!?」

『どうも、ご無沙汰しておりますタクロウ様』


 聞こえてきたのは愛しの妻の声ではなく、妙に落ち着きのある老人の声だった。


「……あー、うん。執事さんか」

『はい、私です。恐縮ですが、アトリ様から携帯をお借りして連絡させて戴きました』

「で、どうした? 買い物が長引きそうだってか? まぁ、別に構わないんだが」

『アトリ様が攫われました』


 老執事が電話越しに発した唐突すぎる発言にタクロウは思考停止する。


「……」

『タクロウ様、聞こえてますか?』

「……あ、ごめん。聞いてなかったわ、もう一回言って」

『アトリ様が攫われてしまいました』

「……は??」


 聞き間違いかと思って聞き返すが、老執事は冷静に言い直した。


「え、おっ、おま……えっ? ちょっ、待って」

『大変申し訳ございません。私が目を離していた隙にあっさりと……』

「え、おま、死……ちょっ、殺……」

『ご安心を、アトリ様はこの命に代えてもお救い致しますので。それではまた後程……』


 愛しい妻が攫われた事を淡々と話された上にさくっと通話を切り上げられ、タクロウはその場で硬直してしまった。


「……」


 数秒ほど椅子の上で停止した後、タクロウは無言で立ち上がり……


「ヴァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 狂ったように絶叫しながら、妻との思い出が沢山詰まった年代物の食卓を震える拳で叩き割った。


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