10
ヒロインは誘拐されるのが(ry
「いつもありがとうねぇ」
「ありがとう、またね」
「ええ、また来てね。ドロシーちゃん」
馴染みの紅茶屋の老婦人に笑顔で手を振り、ドロシーは退店した。
「お待たせーっ」
「……また買い込みましたね」
「この店のお茶は美味しいからね、ついつい買っちゃうのよー」
大きな紙袋一杯になるまで大量に購入した茶葉をスコットに持たせる。
「古い知り合いが営んでたお店なんだけどね」
「へぇ……」
ドロシーは懐かしむような顔で紅茶屋の看板を見つめる。
ロードリック紅茶店。13番街区の路地にひっそりと構える風情あるその店は人間、異人問わず紅茶通の間で人気の名店だ。
「……まぁ、いい思い出ばかりじゃないけど」
彼女らしからぬ感傷的な笑みを浮かべてドロシーは歩き出す。
既に体力が限界近いスコットだったが、もうすぐ荷物持ちから開放されると自分を鼓舞しながらドロシーに着いて行く。
「あの、やっぱり私も」
「大丈夫、大丈夫です」
「頑張って、スコッツくーん。この路地を抜けた先の広場でアーサーを待たせてるから」
「……執事さんも手伝ってくれたら良かったのに」
「アーサーは車を見張るっていう大事な仕事があるからね」
「……」
アーサーとの待合場所に向かうドロシー達を後ろから着けるエイト。
今、この路地には三人以外に通行人はいない。もし居たとしても彼らにとって大した障害にならないが。
「……」
エイトは携帯電話を取り出し……
「……いけるか?」
連絡先の誰かに小声で話しかける。
『任せろ、男は……死んでもいいんだな?』
話し相手は静かに問いかけ、エイトはその問いにイエスと答えた。
三人の死角、路地を挟む建物の屋上から音を立てずに飛び降りる【誘拐屋】達。
全員が黒いコートを目深く着込んでおり、顔はそれぞれ違う色のマスクで隠されていた。
洗練された動きで音を立てずに三人の背後に忍び寄り……
「あー、腕痛────」
最後尾を歩くスコットの後頭部を思い切り殴りつけ、一撃で彼を昏倒させた。
「今日も沢山買っちゃったねー」
「ふふふ、本当ですね」
談笑する二人は荷物持ちがやられた事に全く気づいていない。
誘拐屋のリーダー格である赤いマスクの男はアトリに狙いをつけ、傍の黄色いマスクの男にドロシーを抑えるようハンドサインで指示する。
「あ、忘れてました。あの人に電話っ」
アトリがタクロウとの約束を思い出して携帯電話を取り出した瞬間、彼女は背後から口を抑えられて身動きを封じられる。
「?」
アトリの携帯が地面に落ちた音でドロシーが後ろを振り向くと、目にも留まらぬ動きで黄色いマスクの男が接近して彼女の動きを封じた。
「ッ!」
「静かにしろ」
赤いマスクの男は突然の事態に混乱するアトリの口を手で塞ぎながら路地の影に引きずり込む。
「声をあまり出すな、傷がついたらお前の価値が下がる」
「……ッ!!」
アトリは必死に抵抗する。
しかしそこには彼ら以外に人の姿はなく、彼女の悲鳴は誰にも届かなかった。
「まぁ、抵抗するよな。すまん」
赤いマスクの男はアトリの首筋に何らかの薬物が入った注射を打つ。
彼女の意識は一瞬で飛び、力なく赤いマスクの男に倒れ込んだ。
「ーッ!」
「はいはい、じーっとして! じーっと!」
ドロシーは黄色いマスクの男に口を抑えられて身動きを完全に封じられる。
彼らの動きは俊敏で一切の無駄が無く、彼女は魔法で反撃する隙も与えられなかった。
(……スコット君は、もうやられちゃったか。うーん、あの動きで背後から襲われちゃったらねぇ……)
突然のトラブルに見舞われながらもドロシーは冷静に状況を分析する。
魔法が使えない彼女ではこの男の拘束を解くのは困難だ。
マスクの男の数は彼女達を襲った二人と周囲を警戒する四人の計六人。
(……ちょっとヤバいかも)
正直言って、かなり危機的状況にあった。
(仕方ない、取り敢えずこの男の脛を蹴っ……あっ)
冷静に反撃に転じようとしたドロシーの首筋に黄色いマスクの男は冷静に注射を打ち込んだ。
「終わったか」
「はいよ、じゃあ行きますか」
気を失った彼女達を抱え、二人は足早に立ち去ってエイトと合流する。
「おー、おー、すげー! いやー、すげーな!!」
彼は小さく拍手をしながら、一仕事を終えたプロに称賛の言葉をかける。
「相変わらず見事なもんだよ、惚れ惚れするね」
「どーも」
「無駄口を叩くな、さっさと走れ」
エイトと誘拐屋の二人はそのまま路地裏に姿を消す。
その場に残った誘拐屋のメンバーは気絶したスコットの処遇を話し合う。
「どうする?」
「男は大して売れないからな……顔にもよるが」
「見ておくか? 美形かもしれないぜ?」
「……どうだかな」
メンバーの一人が倒れる男の後ろ髪を掴んで引き上げ、彼の顔を覗き込む。
「……うーん」
「こりゃ売り物にはならんな」
「よくこの普通な顔で別嬪な彼女を二人もゲットしたな」
「よし、殺すか!」
青いマスクの男が物騒な台詞を言いながらナイフを取り出した、次の瞬間────……
「……お、あっ?」
その男の首は 斜めに曲がった。
まぁこの話のヒロインは人妻なんですけどね。