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「お、お買い上げありがとうございます!」
午後12時を過ぎた頃、雑貨屋の店主が顔を赤らめながら頭を下げる。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「お嬢さんたちは何処の子だい? 俺は長いこと住んでるけど、君たちみたいに可愛い子は初めて見たよ」
「あははー、初めてなんてことはないわよ。私は何度もこの店でお買い物してるわ」
ドロシーは店主にそう言い残し、嬉しそうに手を振って退店した。
「スコッチ君、お待たせー」
「お待たせしましたー」
「ど、どれだけ買えば気が済むんですか!?」
店の外では大量の紙袋を両手にぶら下げるスコットが待っていた。
既に許容量はオーバーしているというのに、更に荷物を増やすドロシー達に彼は突っかかる。
「安心して、この近くにある紅茶店で最後だから」
「まだ行くの!?」
「ええと、やっぱり私が少し持ちましょうか? ずっと頑張って貰ってますし……」
「……」
だがアトリの優しい言葉に元気を貰ったのか、スコットは無言で姿勢を整える。
「さっさと次行きましょうか……」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫みたいね。それじゃ、次に行きましょうか」
荷物持ちを従えてドロシー達は次のお店に向かう。
「……何か、今日の社長はちょっと違いますね。話し方とか、立ち振舞とか」
「ん、わかるー? 流石はスコッチ君ね」
「ふふふっ」
「まぁ、私はこの街じゃちょっと有名でね。いつもの格好だと街を歩くのも一苦労なのよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなの。だからお買い物する時はこうして髪型や話し方を変えてるのよ」
ドロシー・バーキンスはこの街では有名人だ。
世界の特異点と呼ばれるこのリンボ・シティにおいても彼女の異常性と危険性は群を抜いており、大多数の住民にとって恐怖の対象だ。
アトリのように良好な関係を築けている人物は極少数で、殆どの住民は彼女の姿を見ただけで震え上がってしまう。
その為、家から出掛ける場合は軽い変装をするのが彼女なりの気遣いだ。
住民からの印象は最悪だが、ドロシー自身は別に彼らを嫌ってはいない。
むしろ積極的に交流を持とうとすらしており、こうして気兼ねなく住民達と触れ合える時間は彼女にとって特別なものだった。
「それにしても色んな人に見られますね、社長」
「今は社長って呼ばない約束でしょう? 今日の名前はリドリーよ」
「……リドリーさん」
「リドリーさんは凄く美人ですからね。あの人だってわからなかったら街の人にモテモテなんですよー」
「へー……」
アトリの言う通り街行く人々は変装したドロシーに目を奪われ、サラッと事故を起こす車両も見られた。
トレード・マークの眼鏡を外し、髪型を変えていつものコートを着ていないだけなのに誰一人として彼女の正体に気づけない。それだけドロシーは 普通にしていれば絶世の美少女 なのだ。
「まぁ、そういうアトリさんも滅茶苦茶見られてますけどね」
「ふふふ、困りますねー」
「ねー、困っちゃうねー」
「お陰で俺に向けられる皆の視線が恐ろしいんですけど」
そんな美少女二人に同行するスコットに向けられる周囲の視線の気迫たるや凄まじいものだった。
「大丈夫よ、襲われても返り討ちにすればいいし」
「軽ーく言わないでくれませんかね、どいつもこいつも本気で殺しにかかってきそうな勢いなんですけど」
「それじゃあ殺される前に殺すしかないわね。殺しにかかるんだもの、殺されて文句いう馬鹿はいないわ。安心して屠りなさい」
「可愛い顔で物騒なこと言わないでください!」
変装しても隠しきれない魔女っぷりにスコットはツッコむが
「聞きました? 可愛いですって! やりましたね!」
「うふふふー、困っちゃうわねー。人前なのにー!」
「今日からその髪型にしちゃえばいいんじゃないでしょうかー?」
「駄目よー、今日だけだからいいのよ。ずっとこれだと皆にバレちゃうし! でも……」
「ふふふっ、彼がそのままで居てって言い出したら……」
「それはもうー、二つ返事でOKよ!」
「あらーっ!」
二人には今の台詞が物凄く好意的に受け止められ、ただ盛り上がる話題を提供しただけだった。
(……帰りてぇ)
帰る家など無いのにスコットの心中はその言葉で一杯になった……。
「あーあ、ゲテモノ料理にも随分と慣れちまったなぁ……」
昼食を済ませたトンガリ頭は煙草を自動販売機から取り出して憂鬱げに呟いた。
「まぁ、腹いっぱい食えるだけ幸せですよって……ん?」
気分を入れ替えた男の目は、前を通り過ぎる男女を捉えた。
通り過ぎたのは若い男女の三人組。
両手いっぱいに紙袋をぶら下げた男は恐らく唯の人間だろう。
そしてその男と同行する二人の女性───彼女達に彼は目を奪われた。
一人は金糸のような髪を伸ばす小柄な少女。
明るく愛嬌のある笑顔に小柄な体格に似合わない生意気に実ったバストが実に刺激的だ。
もう一人は淡い紫の髪を後ろで結った少女。
子供っぽい金髪の少女とは対照的に大人びており、女性らしい魅力に溢れる容姿とたわわに実ったバストは男の視線を釘付けにする。
両方とも外見では人間なのか異人なのか区別がつかないが、どちらも人並み外れた美貌の持ち主であることは確かだ。
(……今日の取引には、まだ時間があるな)
トンガリ頭の男は確信した、彼女達は金になると。
彼は携帯電話を手に取り何処かに連絡を取った。
「もしもし、俺だよ。え? ふざけんな、エイトだよ! 今すぐ仲間を集めろ。え? 何って……そりゃ金の生る木を見つけたんだよ」
エイトと名乗ったトンガリ頭は歩き去る男女の後を少し離れてついていく。
目的は勿論、誘拐だ。今の彼にはもう人を攫う事に罪悪感は抱かない、攫われた相手がどうなろうとも。
「運が悪かったと、諦めな……」
エイトは静かにそう呟いた。
余談であるが、彼はこの仕事を何年か続けているがリンボ・シティに住んでいる訳ではない。
その為、あの金髪の少女については何も知らなかった。
即断即決即行動は営業マンの基本。