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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.5 「二兎追う者だけが二兎を得る」
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趣味と境遇が似た人がいると安心できますよね。どんな場所でも。

「こちらが、この一ヶ月の間で()()()()行方不明になった異人たちのリストです」


 異常管理局セフィロト総本部、その最上階にある賢者室。秘書のサチコは大賢者にある書類を手渡した。


「実際の数は恐らくもっと増えるでしょう……」

「困ったものね……」


 それはこの街で人身売買の被害に遭った被害者のリスト。


 多種多様な異種族でごった返すこの街はそういった商売を生業にする者達にとってまさに宝の島だ。

 だが、普通の人間だけでは異人(ワンダー)に抵抗されれば為す術なく返り討ちに遭うだろう。


 しかし、それも異人種(ワンダラー)の協力者を雇えば済む話だ。


 異人達も人間()である以上、生きる為なら何でもする者も大勢いる。

 そもそも異人の大多数は異界門(ゲイト)に巻き込まれ、不本意にこの街に放り出されてきた漂流者だ。

 彼らがまともな職にありつけるかどうかの保証はどこにもなく、他の異人達に情けをかける理由もなければその余裕もない。

 この世界では異人種の人権は認められているが、彼ら全員の生活を保証できるだけの体制は未だに整えられていないのだ。


「彼らだけではなく、何種かの新動物(ニューボーン)が違法に捕獲された形跡が見られました。動物屋のものと思われる()()も先日、回収されています……犯人は未だ確保できていませんが」

「全く、どこの世界にもお馬鹿さんはいるのね。お金さえあれば何でも手に入ると信じきっているんだから」

「大賢者様……」

「……欲しがっているものが()()()()()()()()()かも知らずにね」


 大賢者が物悲しい表情で発した言葉にサチコも胸を痛める。

 賢者室が重い空気に包まれていた時、不意にドアをノックする音が聞こえた。


「入りなさい」

「失礼します! 違法に捕獲されたと思われる新動物のリストができました……!!」


 額に汗を浮かべたナカジマが慌てて飛び込んでくる。


 彼は管理局の事務員で、戦闘員ではないが立派な魔法使いだ。

 息を切らし、今にも倒れてしまいそうな程に憔悴しきっているナカジマの姿を見て大賢者の脳裏に不穏な未来が過ぎる……。


「これを……!」


 秘書官に書類を手渡し、ナカジマは頭を下げると急いで部屋を出た。


「……!」


 サチコは渡されたリストに軽く目を通すが、突然ページをめくる指を止める。

 彼女の眉は大きく歪み、口元が小さく引きつった。


「……何がいたの?」

「大賢者様、その……ヒュプノシア(大凶)です。ヒュプノシア種と思しき新動物(ニューボーン)一頭が、保護区域から運び出された形跡が……」


 その名前を聞いた途端、大賢者は目の色を変える。


 一体どこの暇な富豪がその生き物(ヒュプノシア)に手を出そうと思うのか、金があれば何でもできると本気で思っているのだろうか。


「至急、情報部に探らせなさい。どんな小さな痕跡でもいいわ……その頭の悪い密猟者たちの足取りを掴んで」

「了解いたしました」


 サチコは連絡端末を起動して連絡を入れる。


 大賢者は席を立ち、重い足取りで数歩進むとうんざりするように言った。


「ああもう……本当に、今日も素敵(さいあく)な日だわ」



 ◇◇◇◇



「商品はどうなってる?」

「大丈夫、心配すんな。しっかりとお客様の目の前に届けてやるよ」


 とある廃工場で二人の男が今日の商談について話し合っていた。


「商品は特製の揺り籠の中で夢見気分だ。普通だとありえないくらいのVIP待遇だぜ」

「ちゃんと()()()()()()()()()()()してあるだろうな?」

「何でそこまで日光に拘るんだか知らないが、日光対策は万全だよ。プロ舐めんな」

「……そうか、ならいい」

「ま、事故りさえしなけりゃ今日も上手くいくさ」


 トンガリ頭の運び屋はタバコを取り出して吸おうとするが、箱の中身は空だった。


「……タバコある?」

「あるぞ、しょっぱい奴がな」

「……いらね」

人間(ヒューマン)様の味覚は贅沢だな、タバコの味にまで拘れる余裕が羨ましいよ」


 そう言って異人の動物屋はタバコに火を付け、トンガリ頭曰く【しょっぱいタバコ】を美味しそうに吸い出した。


「ふー……」

「くそっ、美味そうに吸いやがって」

「一本やろうか?」

「いらねぇよ。んじゃ、タバコ買うついでに昼飯食ってくる」

「気をつけろよ。ここで捕まって商売を台無しにしないようにな」

「そこは信用しろよ。お前こそ商談ミスって俺を道連れにするなよ?」

「そこは信用してほしいな。俺だってプロだ」


 そう言って軽く談笑した後、トンガリ頭は路地を抜けて街中に出た。



「あーあ、何やってるんだろな 俺は」


 男は煙草を自動販売機から取り出し、気怠げに空を見た。


「……」


 その目には空を飛ぶ透明な鯨に似た生き物が映り、改めてこの街が非現実的なものだと感じた。


 非現実的なのは空だけではない、見下ろせば周囲には個性豊かな異種族が悠々と街を歩いている。

 未だ異人種(ワンダラー)への偏見の強い外側(アウトサイド)ではまずありえない光景だ。


「……リンボ・シティ(辺獄の街)ねぇ。ははっ、よく言ったもんだぜ」


 トンガリ頭は小さく乾いた笑いをあげ、人外の街の雑踏に紛れていった……


 この化け物達(ワンダラー)の中にも、自分のような人でなしが居るんだろうなと暗い安心感を覚えながら。


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