7
深く考えずにスカッとできる洋ドラ風のノリを目指しています。
「来ねえな、車」
「ひょっとして俺たち、舐められてる?」
「かもしれねえな、そろそろムカついてきたぜ」
銀行に立て籠もる強盗犯は何時まで経っても車を用意しない警官達にイライラを募らせていた。
建物内には7人の人質が手足をロープで拘束され、口をガムテープで塞がれた状態で一箇所に集められている。
偉そうな中年男性を除いて乱暴された様子は無いが、全員の服に真新しい返り血が付着しており彼らは極度の恐慌状態にあった。
「どうする?」
「仕方ねえな、もう一人くらい餌にしとくか。誰にする?」
「そうだな、あの偉そうなハゲにしとくか」
「ははっ、賛成ー! 下半身だけ食わせて外にポイしてやろうぜ!!」
「いやいや、それじゃあインパクトに欠けるだろ。人が沢山集まってるし、外で生きたまま食われるところを見せてやろう!」
強盗は和気藹々としながら血腥い話題で盛り上がる。
メンバーは小銃で武装した7人と血のように赤い書物を持ったリーダーらしき男の計8人。
覆面で顔を隠してはいるが声の張り具合や態度から全員が年若い男性である事は窺い知れた。
そして、彼らが罪悪感や道徳心など持ちあわせていない事も。
「おい、お前ら! また誰かこっちに向かってくるぞ!!」
窓のシャッターを開けて外の様子を伺った見張り番が言う。
「はぁ? また命知らずの馬鹿が餌になりにくるのか? 命は大事にしろよー」
「いや、それが……」
「どうした?」
「何か、女の子が笑顔でこっちに向かってくるんだけど……」
見張り番の目に映るのは、明るい笑顔で手を振りながら向かってくる金髪の少女。他のメンバーも窓の近くに集まって外を見た。
「……何だ、アイツ」
「……人質の誰かの家族か?」
「あ、可愛い! 新しい人質にしちゃおうか!!」
「落ち着けタコ、これは罠だ。警察の野郎……あの女の子を囮にして何かしでかすつもりだな」
「何て酷いことを!」
「どうする、リーダー! 人質にしちゃう?」
「そうだな、とりあえず追っ払うか」
リーダーは手に持った怪しい書物を開く。開いたページに赤く発光する魔法陣が浮かび上がり、中心部から唸り声を上げて赤黒い獣が召喚された。
「よしよーし、いい子だなー」
〈ヴルルルルルルッ!〉
「お仕事だ。こっちに向かってくる女の子をとにかく怖がらせて追っ払え。食べるなよ? 可哀想だから」
〈ヴルルルルルルルルッ……!!〉
獣は不機嫌そうに唸る。
瞳孔のない白い眼で睨みつけられても、リーダーの男は手にした本を獣に近づけてふてぶてしい態度で言った。
「おいおい、そんな顔するなよ。俺はお前の御主人様だぜ?」
〈ヴルルッ!〉
「オーケー、オーケー。まずは外のアイツを追っ払ってこい。そうしたら美味しいハゲを食わせてやるから」
獣はリーダーが指差す偉そうな中年男に視線を移して鋭い歯をギリギリと鳴らした後、のしのしと自動ドアへと向かった。
「じゃ、俺はトイレ行ってくる。ちゃんと人質を見張ってろよ、お前ら」
「俺もトイレ行ってくる。ちゃんと見張ってろよ」
「俺も……」
メンバー5人に人質を任せてリーダー含めた3人がトイレに向かう。
「なぁ、お前らは盗んだ金でどうする?」
「俺は一生遊んで暮らす!」
「俺も一生遊んで暮らす!」
「俺は、病気の妹の治療費に使う」
「俺は」
『きゃああああああああああああっ!!』
残された5人が銀行から盗んだ大金の使い道についての話を始めたと同時に外から悲鳴が聞こえてくる。
「あっ、あの子食べられちゃった?」
「……可哀想に」
「仕方ねえな、この金で墓でも作ってやろうぜ。名前知らねえけど」
「あ、やばい。食われてる所を想像したらちょっと興奮して……」
ガシャアアアアアアアアアアアアン
彼らが名も知れぬ少女の冥福を僅かな良心の残滓で祈った瞬間、赤黒い獣が自動ドアを突き破りながら吹き飛んできた。
「ファッ!?」
「な、何だ!?」
〈ヴァルッ……! ヴァルルルルルルゥ……ッ!!〉
「え、何!? 何でアイツ戻ってきてんの!?」
獣は体中に銃痕に似た風穴を開けられ、痛々しい傷口から紫色の血を流して苦しげな声を上げる。
「ハァーイ、悪ガキの皆さん。はじめましてー」
砕け散った自動ドアのガラスをパキパキと踏みしめてドロシーが入店する。
彼女のかける丸眼鏡は怪しく光を反射し、右手に構える回転式拳銃の先端から青白い硝煙が静かに燻る。
「ああ、良かった。人質は無事みたいねー」
〈ヴァルルルル……ッ!〉
「あら、まだ生きてたの。異界のワンちゃんは丈夫だね」
〈ヴァルルルルラアアアアーッ!!〉
「でも、お前はもうおやすみ」
ドロシーは襲い掛かる獣に向けて発砲。拳銃の発砲音としては不自然なまでに静かで軽やかな音と共に青白い光の弾丸が放たれる。
〈ギャッ!〉
三発の光弾は獣の頭部に命中し、暫く痙攣した後で獣は絶命する。死体がボロボロと崩れ、赤い灰となって消えていくのを少女は切なげな表情で静観した。
「ああ、心が痛むなぁ……僕は動物好きなのに」
「んーッ! んーッ!!」
「んんーッ!」
「おい、そこの女! 動くなぁあっ!!」
「ん?」
ドロシーが余所見している隙に強盗犯達は人質の近くに駆け寄り、その銃口を突きつけながら叫ぶが……
「1、2、3……人質7人に、馬鹿5人。残り2人は……トイレかな?」
彼女は冷静に人質と強盗の数を確認し、不敵な笑みを浮かべた。
スカッと尊い命が失われたりしますが、後味が悪くならないように努力します。