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紅茶は浄水よりも普通の水道水を使ったほうが美味しくなります。特に我が国の水道水は紅茶との相性がベスト・オブ・ベストです。
翌日、ウォルターズ・ストレンジハウスにて
「……うーん」
「どうしたの、スコット君?」
「いえ、いつまで俺は此処で寝泊まりしてるんだろうなって」
リビングで温かい紅茶を飲みながらスコットは呟いた。
「僕の家で寝泊まりするのは嫌なの?」
「嫌というか何というか……そろそろ自分で部屋を探そうかなと」
「はっはっ、別に遠慮することはありませんぞ。何ならこのまま住んでいただいても」
「ありがとうございます、執事さん。遠慮させていただきます」
「このままこの家に住んでいいのよ? 貴方はもうファミリーなんだから」
リンボ・シティに来てからスコットはこの家でお世話になっている。
寝床や食事に何故かピッタリとサイズの合う衣服、果ては替えの下着まで用意され、まるで本当に家族の一員のような厚遇を受けていた。
だが、その行き過ぎた待遇が却って居心地を悪くしていた。
(俺、ファミリーになりますなんて一言も言ってないのにな)
スコットはウォルターズ・ストレンジハウスの一員になったつもりはないからだ。
11番街区で怪獣を退治して以降、ストレンジハウスの面々は完全に彼を新しい家族として受け入れてしまっていた。
特にドロシーはスコットを非常に気に入ってしまっており……
『社長、実は大変言いにくいんですが……』
『え、何? 愛の告白? ちょっとー、僕は社長だよ? いきなりそれはー』
『いえ、違います。実は俺、この会社を辞めようと』
『うーん、ジョークのセンスはイマイチね。もう少し腕を磨きなさい』
『いえ、本気の話ですよ! 俺は』
『そうそう、今日はちょっとお出かけしようか。おすすめの店があるのよー』
このように辞意を示そうとしてもあっさりと話を逸らされてしまう。
(社長って本当に意地悪だよなぁ。辞めたがってるのをわかっててあの態度だから……そりゃ警部にも嫌われるよ。きっと俺が諦めて社員になるまで逃さないつもりなんだろうな……やっぱりマリアさんの言う通りに何も言わずに逃げるべきだろうか)
そしてドロシーが自分に好意を向けているなどと毛ほども思っていない彼は、今日までの厚遇も自分を丸め込むための罠だと考えてしまっているのだ。
「うーん、スコッツ君はどんなファッションが好みなのかしら」
そんなスコットの気持ちなど露知らず、彼が自分に惚れていると本気で思っているドロシーは鏡の前で本日の衣服をじっくりと選定する。
「うふふふ、お嬢様はどれをお召になっても似合ってしまいますから困りますわねー」
下着姿で沢山の衣装から彼好みのものを選ぼうと意気込むドロシーをマリアは微笑ましく見守っていた。
「これとかどうかしら」
「お似合いですわ、お嬢様」
「これはどう? 子供っぽい?」
「お似合いですわ、お嬢様」
「これはどうかしら、セクシーすぎる?」
「お似合いですわ、お嬢様!」
「マリア、真面目に答えてくれないかしら」
どれを着ても幸せそうにイエスとしか言わないメイドにドロシーはムッとする。
「うふふふふ」
そんなドロシーの膨れっ面を前にマリアは大層ご満悦の様子だった。
「じゃあ、いいよ。これにする」
ドロシーが選んだのは黒字のブラウス・ワンピース。
黒いブラウスに白のリボンが生えるお洒落でガーリーな一着だ。
「お似合いですわ、お嬢様!!」
その選択を『大正解です』とでも言いたげにマリアは満面の笑みで拍手する。
「今日はストレートに伸ばそうと思うの。マリア、髪のセットをお願い」
「お任せください、お嬢様!」
「それと、人前ではお嬢様と呼ばないでね」
「はぁい、お嬢様!!」
ドロシーを椅子に座らせ、マリアは愛用のコームとブラシを手にルンルン気分でヘアセットに取り掛かった。
「うむむむむ……」
「そんなに悩まなくてもいいのに、この家は素敵なところよ?」
「いえ、その俺はですね」
「お待たせー!」
ルナに真意を告げようとした瞬間におめかしを済ませたドロシーが現れる。
「……!?」
「ごめんねー、スコッツ君。ちょっと時間かかっちゃって」
スコットはお洒落をしたドロシーの姿を前に思わず目を見開いて硬直する。
普段は後ろに結んでいる長い金色の髪をストレートに伸ばし、チャームポイントの眼鏡もつけていない。
小柄な彼女には少し大きめのブラウス・ワンピースにふんわりと白いカーディガンを羽織ったスタイル。
(え、誰! 誰ですか!?)
目の前に現れた金髪美少女があのドロシーだと信じられず、スコットは迫真の驚愕顔で震え上がった。
「あははー、どうしたのスコッツくーん。面白い顔してるよー」
しかし天使のように可愛げで、それでいて人を小馬鹿にしたようなドロシー特有の魔女式笑顔を見て『ああ、社長だ』と納得する。
「あ、いえ……何でもないです」
「あれ、何か一言足りなくない?」
「な、何がですか?」
「んんー?」
ドロシーはソファーに座るスコットの目線に合わせるように軽く身をかがめながらずいずいと迫る。
「えーと……社長? えーと、近いです」
「スコッツくーん?」
「えと、近い! 顔が近い近い近い!!」
「感想は?」
息のかかる距離まで顔を近づけたところで、ドロシーはそんな台詞を吐いた。
「……凄く、似合ってます。社長」
「うふふ、ありがとう」
嬉しそうに笑う彼女の顔を間近で見てしまい、スコットの心臓は張り裂けそうなくらいに激しく高鳴った。
(くそっ、くそっ……! この魔女め! 人を馬鹿にしやがって! 馬鹿にしやがってぇぇ……!!)
(畜生、負けるもんか! 俺は絶対にファミリーになんてならないぞ! 心を弄ぶ魔女の誘惑になんて屈しないぞぉおお!!)
心臓を鷲掴みにされるような感覚に襲われながらも、拭い去れない不快感からドロシーを拒むスコットとは対照的に……
(やった! やった、やった! 嬉しいな、嬉しいな! スコット君に喜んで貰えたよ!!)
(んもー、素直じゃないなぁー! でもそういうところがまた可愛いのよねー、あはははっ!!)
彼の言葉をそのまま好意的に受け取ったドロシーの胸は小躍りした。
私も去年にようやく知りました。