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何だかんだで午後の紅茶はクオリティ高いと思います
「ありがとうございました、また来てくださいねー!」
アトリは満面の笑みでドロシー達を見送った。
「いい店でしたね」
「でしょー? ビッグバードは僕のお気に入りの店なのよ。店長が友達だしねー」
「……」
「そうそう、アーサー。明日は10時にこの店の前に送ってね。アトリちゃんとお買い物の約束があるから」
「お任せください、社長」
オムレツを堪能したドロシーは明日のショッピングを楽しみにしながら満足気に帰路に着いた。
「店長も大変だよな、あのドロシーに気に入られちまったんだから」
「本当だよなぁ……オレはあの魔女に関わって店長ほど長生きできる自信ねえよ」
「私も、この店でなければあの顔を見た途端に席を立っていたね」
「ハハハ……先生はドロシーに研究室一つ潰されてるもんナ」
「ほっほっ……一つどころじゃないさ」
常連達が明るい声で語り合う。
彼らの殆どはこの店が開店してからの馴染みだ。
人間、異人、タコのような姿の異生物と その客層は幅広く皆が楽しそうに談笑していた。
「お待たせいたしましたー! ライ・ギョーフのフライ 香草ソース仕立てです」
「お待たせぃ、ボルドーの丸焼き 辛口な。熱いから気ィつけろよー」
クロスシング夫婦は慌ただしく料理を運ぶ。
この店は二人で切り盛りしているのでどうやっても手が回らないところも出てきてしまう。
しかし常連達はそんな夫婦にイラつく事なく、笑顔で二人を眺めている。
夫婦はそんな常連の皆が大好きだった。
そして常連たちもその夫婦の事が好きだった。
この街は多種多様な文化や種族が異界門の影響で入り混じり、かなりの頻度で何かしらの騒動が起こる。
そのような街にひっそりとある温かなこの店は、近くの住人達にとってはまさしく心安らぐもう一つのホームと呼べた……
はじめてこの店を訪れる、もしくはリンボ・シティに旅行で訪れ、立ち寄った料理店のメニューを開いた人々は皆その見慣れない料理名に驚くだろう。
この街で流通している食材の殆どが街の外には生息していない野菜や生き物だからだ。
当然、この街での最初の食事はとても勇気が要る。
それらは元々こちら側に存在していたのではなく100年前に異界門の発生と街の出現と共にこの世界に運ばれてきた外来種、もとい異界種だ。
その動物達は【新動物】と呼ばれ、元々この世界に生息していた動物とは明確に区別されている。
殆どの新動物に言える特徴としてこちら側の生き物とは大きく異なる姿をしていながら、この世界の動物達とも容易に交配が可能で、尚且つその生態系にも積極的に介入してくる事が挙げられる。
姿こそ大きく異なるものの、彼らの生態は既知の動物達と大差ないのである。
その肉はこちら側の人間が口にしても何ら問題はなく、ストレートに美味な物から通好みの珍味、果ては罰ゲームや度胸試し用の劇物等など幅広い味覚のニーズに応えてくれる。
当然、中には例外も存在するが。
もう一つ、生物としての適応力や柔軟性が異常に高く個々の能力も単なる野生動物として扱うには不釣り合いな迄に強大である事。
その為に少数でも外側に出てしまえば世界中の在来種が瞬く間に駆逐されてしまうだろう。
事実、100年前の異界交喚祭で現れた数種の新動物が原因で多くの動物が絶滅寸前まで追いやられてしまっている。
この世界の大多数の生物にとって新動物は驚異の侵略者なのだ。
そういった事情もあり、生き物を含めこの街のものは基本的に外に持ち出す事ができないことになっている。
◇◇◇◇
「商品はこれで全部か?」
「いいや、明日にまた一つ大きめの荷物が届く」
薄暗い路地の先にある寂れた廃工場で二人の男が話している。
金髪のトンガリヘアーで赤いジャケットを着た痩せ型の男は外側の人間、もう一人の黒いコートを目深く着込んだ大柄の男性は内側の異人種だ。
「やれやれ、相変わらず大金持ちの考えることはわからねえな。異人種やあんな新動物共をペットにしたいなんてよ……」
「どこの世界でもおかしな趣味の奴はいるのさ。お前も相当おかしな奴だろうが」
「ははっ、違いないや……タバコある?」
この二人は密輸業者、そして密猟者だ。主なクライアントは外側の富豪達。
金に物を言わせ、この世界の贅を堪能した彼らが次に目をつけたのがこの街だ。
新動物や異人種、特に女性の異人はとりわけ高値で取引をされる。
そして、金で買われてしまった者達の未来は大抵暗いものだった。
「急がないと管理局の奴らに勘付かれる……あいつらの目は節穴じゃない」
「だろうな、この場所はもう使えねえ……うっ、ぶあっほ! 何だこのタバコしょっぺえ!!」
「もったいないことをするな。要らないなら返せよ」
「はい、返す」
「うん、やっぱり捨ててくれ」
廃工場に並べられているコンテナの中身は生き物だ。
それは路地裏で声をかけられた、もしくは薬を飲まされたか強引に連れ去られた異人種や違法に捕獲された新動物。
当然、狙われるのは力の弱い子供や女性に限られる。
「それじゃあ俺はこれで。また明日にな、相棒」
「くれぐれもしくじるなよ? 明日ヘマをしたら、例えお前だろうと文字通り手を切るぞ」
「はいはい、気をつけますよ。おっかねえなぁ」
運び屋の男は軽く手を振ると路地を抜けて街中に出た。
彼はこの仕事をしてもう数年になる。
最初は良心の呵責もあった。
生きる金に困ったからといって、この商売に手を出してしまったのを後悔した事も一度や二度ではない。しかしそれも続ける内に忘れていった。
世の中には、運のいい奴と悪い奴がいる。
それが、彼の辿り着いたこの世界の理なのだから……