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「お待たせしました、オムレツセットです!」
暫くして、ビックバード名物【特製オムレツセット】が届けられる。
スコットはドロシーを睨むタクロウにビクビクしていたが、テーブルに届けられた料理を見て表情が緩んだ。
(うわっ、美味そう……)
程よい半熟に焼きあがった大きめのオムレツ。
添え物は最小限、小さなサラダとフレンチトーストが二枚セットとして付いてくるだけで、見る人が見れば質素だと感じるだろう。
しかしそのオムレツの香りは、食欲を大いにそそるものだった。
「どう? 美味しそうでしょ」
「え、ああ……はい。凄く美味そうです」
「相変わらず見事なものですな、感服いたします」
「うふふ、ありがとうございます」
「アトリさんが作ったんですか?」
「いえいえ、このオムレツはですねー」
「……ゴホン」
タクロウは軽く咳き込む。
少し照れくさそうにする夫を見てアトリはくすくすと笑う。
「意外でしょう? このオムレツはね、タクロー君が作ったんだよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「何だよ、俺で悪いか!?」
「い、いえ。滅茶苦茶美味そうで……驚きました」
「ふふふん、でしょー? こう見えてタクロー君は料理上手なのよ」
二人の言葉にタクロウは様々な感情が入り混じった複雑怪奇な表情を浮かべる。
「冷める前に食いな、食ったらさっさと帰れよ」
「駄目ですよ、タクロウさん」
「いや、ほんと勘弁してくれ……どんな顔をすりゃいいのかわからん」
「笑えばいいとおもうよ」
ドロシーはとびきりの笑顔でタクロウに言った。
彼女が発したその言葉に、彼の中の大事な何かが プッツン と音を立てて切れた。
「殺さして、殺さして。アイツ殺さして、今すぐ殺さして」
「だ、駄目です! タクロウさん、抑えて! 今は抑えて!!」
怒りのあまり顔中に血管のような青い光の筋を浮かび上がらせ鬼の形相と化したタクロウは、上半身を揺らしながらドロシーに近づこうとする。
「あ、あの……社長。何かあの人またやばい顔になってますけど!?」
「気にしないで、いつものことだから」
そんな夫の前に立ち塞がり、暴走寸前の彼を必死に抑えるアトリ……この光景はビッグバード裏名物【店長の煽り焼き~畜生魔女仕立て仲良し味~】として、常連客達に親しまれている。
「それじゃ、温かいうちに食べましょうか。冷めても美味しいけど、出来たての味はまた格別なのよー」
「で、でもあの人の殺気が気になって食事どころじゃ……! ほら、あの顔見てくださいよ! マジもんの殺意向けてきてますよ!?」
「タクロー君、ちょっと後ろを向いてくれない? 可愛い新人君が困ってるじゃない」
「ばぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?」
「タクロウさん、私を見て! 今は私だけを見て!!」
アトリはタクロウの顔を両手で掴み、半ば強引に視線を逸らさせる。
「ゔぁぁぁぁぁぁぁん!」
「今は、今は私だけを見てぇぇー!!」
「……」
背後で奇声を上げるメカゴリラにビビりながらスコットは目の前の料理にナイフを軽くいれる。
(うわっ……)
黄色いオムレツに小さく開いた切れ目からは湯気を出しながら半熟の黄身がとろりと流れ出た。
先程よりも一層強まった美味しそうな香りに彼は息を呑む。
フォークで黄身をこぼさないように掬い、口の中に運んだ。
「……」
「どぅるるるるる……!」
夫を抑えながら、スコットを真剣な面持ちで見つめるアトリ。
拘束が緩んだ事でタクロウは顔を上げ、どす黒い殺意の炎を宿した双眸が再びドロシーを捉えた。
彼はどうやって妻に悟られぬまま穏便に魔女を殺すかで頭が一杯になっている。
「あははー、今日もいい天気だねー」
「左様でございますね」
その視線を軽く受け流すドロシー……隣の老執事も流石に少し居心地が悪そうであった。
「……うっめぇぇぇぇ!?」
あまりの美味しさにスコットは目を見開きながら叫んだ。
そんな彼の反応を見てドロシーも満足気に笑う。
「でしょう? この店のオムレツは絶品なのよ、世界一を名乗ってもいいと思うわ」
「うめぇぇぇ! なんだコレ、なんだコレ!? 今まで食ったオムレツで一番うめぇぇぇー!!」
「ふふふ、でしょう?」
アトリは自慢げに笑った後にタクロウを見上げる。
彼の表情からはサッと怒りが消え、照れくささと複雑さが入り混じった実に面白い顔になっていた。
「うめぇぇぇ!」
「あははー、いい食べっぷりねスコッツ君。うん、美味しいー」
「……」
「それにしてもどうすればこんなに美味しく出来るの? ちょっとコツを教えてくれない?」
「いや、コツって言っても……」
「うふふふ、それは勿論……愛情です!」
アトリは誇らしげに胸を張り、自信満々に言った。
「……アトリさん、そういうのはコイツに言っても無駄だから」
「愛情ねぇ……ふふふ、素敵じゃない! 流石はタクロー君! 愛情だけでこんなに美味しいオムレツが作れるなんて!!」
「おう、ヴィッチ。喧嘩売ってるね? いい度胸だ、歯を食いしばれ」
「え、何で!? 素直に感動して褒めてあげたのに!」
「何処がじゃぁ!!」
コンコンコンコン
ドロシーの善意100%の言葉を煽り台詞として受け取ったタクロウが再び怒り狂いそうになった時、彼らの店に新しい来客が訪れた。




