3
3分間待ってください!
「とりあえず座りなさい、スコット君。窓際は寒いから内側の席がいいよ」
「今日は少し冷えますからな」
「……」
「ゔるるるるるる!」
どうすればここまで人の神経を逆撫でする悪魔的な性格が形成されるのか。
スコットは不思議でならなかった。
「タクロウさん、落ち着いて! あの人はお客様ですよ!」
「うぐぐぐぐ!」
「タクロウさん……っもう!」
夫を見かねたアトリはドロシー達の方をチラッと見て
「ごめんなさい、三分だけ……待っててください」
唸るタクロウの腕を引っぱりながらアトリは厨房へと向かった。
「あ、はーい。僕たちのことは気にしないでー」
「少しは気にしてください社長」
「え、何を?」
「何をじゃねーですよ!?」
「えっ?」
ドロシーは本気で何を気にすれば良いのかわからないといった様子でスコットを見る。
「いや、あの店長を見たでしょ? 女の子相手にあそこまでムキになる人そうそう居ませんよ、まじでヤバい人ですよ」
「やだー、女の子だなんて照れるなぁ。スコッツくーん、駄目よー? アーサーが見てるわよー」
「いえ、真面目な話ですよ。今の言葉の何処に照れる要素あったんですか」
「まぁ、タクロー君とは付き合いが長いからね。あれくらいは許すよ」
「あれくらい!? 殺されかけたんですよ!!?」
「むしろタクロー君になら殺されるのも悪くないかなって」
ほっこり笑顔で軽々しくそんな台詞を吐く彼女にスコットは再び戦慄する。
「……あの人と社長はどんな関係だったんですか」
「あ、気になる? 気になっちゃう??」
「いえ、やっぱりいいです。聞かなかったことにしてください」
「そうねー、タクロー君と出会ったのは今から」
「いいですって! 聞きたくないですから! また長々と説明されるのはマジで勘弁」
「ほぅうううううううううん!!」
ドロシーがタクロウとの馴れ初めについて語ろうとした瞬間、厨房から雄叫びにも似た奇声が聞こえてくる。
「……」
「あわわっ、駄目! ちょっとアトリさん! アトリさーん! 今は、ほあああああっ!!」
「……あの、社長。あの人たち」
「クロスシング夫妻は今日もラブラブだねー」
「はっはっはっ、そのようですな」
「あかーん! あかーんて! あーっ! あーっ! あっ……!!」
「でも相変わらずタクロー君はアトリちゃんに勝てないのね」
「そろそろあの方にも勝ち星を上げてほしいところですな」
どうやら厨房で夫婦の愛を確かめあっている様子の二人。
ドロシーとアーサーは温かい笑みを浮かべながら和気藹々とし、スコットは店内に響き渡るゴリラの叫声から何かを想像してしまい悶々とする。
「ほわぁぁぁぁぁ────っ!!」
「……」
「あ、終わったかな」
「そのようですな」
一際大きな雄叫びと共に静まり返る店内。
「ふふふ、お待たせしました」
数十秒程の静寂の後、アトリが厨房から弾けるような笑顔で現れた。
「あれ、もういいの?」
「はい、もう大丈夫です」
「一体、なにがあったんですか! 変な声が聞こえてきたんですけど!?」
「うふふふ、それはー……夫婦だけの秘密、です」
アトリはスコットの問いかけに、この日一番の満面の笑みで答えた。
その破壊力抜群かつ確信犯染みた悪魔的笑顔にスコットの繊細なハートは文字通り粉砕されてしまう。
これでも彼女は17歳である。
「あれ、どうしたのスコッツ君。顔が赤いけど」
「な、なんでもないです」
「はっはっは、いけませんぞスコット様。彼女は人妻ですよ?」
「お願いです、そっとしておいてください!」
「あの、どうかしました? 具合でも……」
「そっとしておいてぇぇぇー!!」
机に突っ伏し悶え苦しむスコットを心配する面々。
そして暫くして漸くタクロウが厨房から出てきた。
「……あ、どうも。いらっしゃいませ」
「おはよー、タクロー君。今日も元気そうね」
「はっはっは、今日もお世話になります。タクロウ様」
先程までの殺気溢れるゴリラの如き形相から一変、魂の抜けたオランウータンのような顔になった店長がふらつきながらカウンターに凭れ掛かる。
「……ご注文は?」
どう見ても注文を取れるような状態ではないタクロウの姿にスコットは困惑する。
(あの数分で人はあそこまで萎びてしまうものなのか……! 本当に何があったんだよ!? このアトリさんってそんなに凄いの!? え、この人17歳でしょ!!?)
屈強なゴリラをものの数分で骨抜きにする魔性の17歳にスコットは怖気づく。やはりこの街は恐ろしいところであったのだ。
「ふふ、ご注文はいつものでよろしいですか? ドロシーさん」
「うん、特製オムレツセットをお願い」
「ふふふ、三人分ですか?」
「いえ、私めは紅茶を一杯」
「はい! では少々お待ち下さい!」
注文を受け取ったアトリは厨房に向かう途中で弱っていた夫の頬に軽くキスをする。
妻のキスを受けてゴリラの瞳には光が灯り、シャキーンと再起動した。
「……」
「素敵な人でしょ」
「えっ、あっ!? べ、別に俺は……!」
アトリの後ろ姿をぼーっと眺めていたスコットにくすくすと笑いながらドロシーは声をかける。
「……あー、くそ。最高なのに最悪な気分だ。何でコイツが居るんだよ」
「どうしたの、たっくん。お客様の前でそんな憂鬱顔をしてはいけないよ?」
「あぁ゛?」
「うわぁ、こわい。ほらタクロー君、スマイルよスマイル。新人君が怖がっちゃうから」
ドロシーはタクロウにふざけた態度で接する。
その人を舐めくさった態度と口調を前に、タクロウは料理に毒を盛ろうかと真剣に検討した。
ちなみにムスカ大佐は3分も待ってくれません。