21
エルフさんが間に合わない時は、大体本筋に関係ないところで酷い目に遭ってます。
「なるほど、そんな事件があったのか……」
時刻は夜7時前、ウォルターズ・ストレンジハウスのリビングでブリジットはドロシーから話を聞いていた。
「そうなの、結構大変だったよ。スコッツ君が戻って来てくれなかったら危なかったね」
「……すまない。騎士でありながら、仲間の危機に駆け付けられず……何と謝罪すればいいのか」
「気にしないで、ブリちゃんが忙しいのはわかってるから。それに事件は解決したからいいのよー」
「かー、ドリーちゃんは本当に優しいなー。あたしなら引っ叩いてるわー。肝心な時に役に立たない乳がデカいだけの牛女とかやだわー」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「アルマ、やめなさい」
とある事情で11番街区の戦いに参加できなかったブリジットは沈痛な表情で頭を下げる。
「本当に、申し訳ない……私は連絡があればどんな事があっても必ず駆けつけると」
「いいの、いいの。デイジーちゃんも気にしてないって言ってたし、次の仕事で挽回してくれればいいのよー」
「……そ、そうか。すまない……次こそマスターの期待に」
「社長」
「しゃ、社長の期待に添える活躍をすることを騎士の誇りにかけて誓おう」
「はい、期待してるわよ。ブリジット・エルル・アグラリエル」
ブリジットの誠意を聞き届けたドロシーはニッコリと笑って今日の事は水に流した。
「ところで、その格好はどうしたの?」
そしてブリジットが場違いにも程がある扇情的なバニーガール姿で出社してきた理由ついて問いかける。
「うむ、実は今まで働いていた喫茶店をクビになってしまってな」
「またクビになったのかよ!?」
「……大変ですね、ブリジットさん」
「あらあら」
「そして新しい働き口を探していたら街中で見知らぬ男に声をかけられた。いい稼ぎになる仕事を紹介してくれると」
「あの、それってもしかして」
「その男に紹介された店でこの衣装を渡されたのだ。着るのには難儀したが……いざ着てみれば動きやすくて気に入ったぞ。この前の野暮ったい衣装とは大違いの快適さだ」
ブリジットは今にも零れ落ちそうなバストをばるるんと揺らし、この衣装の快適さを誇らしげに主張する。
「お、どうした童貞? 顔が赤いぞ?」
「い、いえ、何でも……話を続けてください」
「ああいう服が好きなのかな、スコッツ君は」
「ち、違いますよ! 俺のことはいいから続きを!!」
「ああ、すまない。今の服装に関しては話した通りなのだが……」
ブリジットの無自覚な豊満アピールに心を乱されながらもスコットは話の続きを求める。
「そこからの記憶が曖昧なのだ」
「えっ?」
「いや、この服装に着替えて人前に出たところまではハッキリと覚えている。何人かの男性客に料理や飲み物を運んだことも覚えている」
「そ、その格好で人前に出たんですか」
「そして気がつけば、復数の男に取り囲まれている状況で目を覚ました」
「どういうことだよ!?」
スコットは相変わらず内容が飛躍しすぎなブリジットの話にツッコむ。
「私にもわからない。本当に気がついたらベッドの上で寝かされていてな、鼻息を荒くした複数人の男が」
「あっ、もういいです。その辺で結構ですから」
「二人の男が私の両腕を抑えつけ、身動きが取れなくなったところで一番身体の大きな男が」
「聞いてます!? もういいですって! もう聞きたくないから!!」
「イケメンはいたか?」
「何聞いてるんですか、アルマさん!?」
「イケメンの意味はわからんが、顔立ちが整っている男は三人ほどいたな」
「何を正直に答えてるんですか、ブリジットさん!?」
ブリジットの話から察するに、彼女は見知らぬ男に唆されてアブない店に連れて行かれた上に薬を飲まされて複数人の男に襲われそうになっていたらしい。
「それから大柄の男に胸を好き放題」
「だからぁぁぁ! もう聞きたくないですってぇぇ! 嫌な予感しかしないですからぁー!!」
「あまりにもしつこく身体を触ってくるのでついカッとなってしまってな。全員斬り殺してきた」
「ほらぁぁぁー!」
「すると男の悲鳴が外に聞こえたのか、部屋の中にゾロゾロと怪しい奴らが駆け込んできたのだ。そいつらは意味不明な言葉を宣いながら襲いかかってきたので……やむを得ず私は」
「もういいですから! もう十分です! 聞きたくないです!!」
案の定、ブリジットは涼しい顔で血腥い話を語りだしたのでスコットは思わず耳を塞ぐ。
「皆殺しにした割には服や顔に血がついてねえじゃねえか。デタラメじゃねーのか?」
「あの部屋には小さな湯浴み場とこれと同じ服も何着か用意されていたからな、血を洗うついでに新しいものを借りてきた。着替え中にようやく私の交信機に連絡が入っていたことに気がついてな……面目ない」
「薬盛られちゃったらね……仕方ないね。やっぱりブリちゃんは悪くないよ」
「……すまない」
「でも、これからは気をつけなさい。貴女はもう少し危機感を持つべきね、返り討ちに出来る相手ならまだ良いのだけど……この街にはまだまだ底の知れない怪物が潜んでいるから」
「……ああ、わかっている。心配をかけてすまなかった」
心から自分の身を案じてくれるルナにブリジットは深く頭を下げる。
「ところでデイジーは何処だ?」
ここでブリジットは一人だけこの場に居ないデイジーについて聞く。
「デイジーちゃんは夕飯が出来るまで寝かせて欲しいみたい」
「そうか、疲れて眠っているのか。無理もない……あんな目に遭ったのだからな」
「ううん、アルマの慰めが激しすぎて腰がやられちゃったんだって」
ドロシーはあははと笑いながら言う。
「? 腰が? どういう意味だ?」
「聞かない方がいいですよ、ブリジットさん……」
「スコットは知っているのか?」
「い、いえ……知りません」
「あれ、スコッツ君はデイジーちゃんから直接聞いたんじゃ」
「やめてください、社長。ブリジットさん、とにかく今はあの人をそっとしておいてあげてください。お願いします」
「……む?」
「はーっ、本当に鈍いなぁ! マジで頭の栄養まで乳に行ってるんじゃねーのか!?」
何故か気まずい表情になるスコットと、妙にこちらを煽ってくるアルマに首を傾げながらブリジットはそっと紅茶に一口つける。
「……熱っ!」
だが大きく開いた胸元に紅茶を数滴こぼしてしまい、涙目になりながら谷間に滴る雫を指で拭った。
勿論、襲った方が。