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「ちょっ、社長! その手を離してください! 俺は」
「そんなに照れなくてもいいのよー、家まで手を繋いで帰りましょう」
「だから! 俺は辞めたいんだって!!」
「ご無事でしたか、お二人共」
ドロシーの手を振り払おうと四苦八苦していたスコットの背後から老執事が声をかける。
「ほわぁぁっ!?」
「そんなに驚かれなくても。私の顔がそこまで恐ろしいものに見えますかな?」
「あ、おかえりアーサー。終わったよー」
「そのようですな」
怪獣の残骸、血塗れのスコット、そして満足気なドロシーの表情を見てアーサーは大凡の顛末を察した。
「それでは家に戻りましょうか、お嬢様。今日の道筋は覚えてらっしゃいますか?」
「ちゃんと覚えているわ」
「あ、あの……」
「さぁ、スコット様も帰りましょう。今夜のお祝いも盛大なものになりますぞ」
ドロシーと手を繋ぐスコットを見て老執事は実にほっこりとした優しい笑顔を見せた。
「……」
「じゃあ帰ろうか、スコッツ君。ルナ達はもう家で待っているだろうし」
「さぁ此方へ、今日の道筋は『11の名のついたカフェで11分過ごし、トイレを11回ノックして扉を開ける』です。ここに向かう途中で良い店を見つけましたので、私がご案内いたしましょう」
スコットは一向に手を離す気配がない上に、自分が逃げようとしているとは全く毛程も思っていないドロシーの眩しい笑顔に根負けして重い溜息を吐く。
(……目を見れば相手の考えが解るんじゃないのかよ)
自分の考えを察していながらよくもこんな恍けた態度が取れるものだ。
そう思いながらも彼はドロシーに手を引かれながらトボトボと歩き出す。
だが、スコットはここで盛大な勘違いしていた。
(うんうん、スコット君の考えてることはよくわかっているよ)
(君は今、僕とずっと手を繋いでいたいと思ってる。もー、素直じゃないなー。無理に照れ隠しなんてしなくてもずっと繋いでてあげるのにー!)
今の彼女は普段の読心術めいた慧眼はまるで機能しておらず、盲目的に都合のいい解釈ばかりするポンコツと化してしまっているのだ。
(あのお嬢様の幸せそうなお顔……確信致しました。ついにお嬢様は運命のお相手を見定められたのですね。ああ、今日は何と喜ばしい日なのでございましょうか。このアーサーともあろうものが……今は涙を堪えるので精一杯でございます)
そして普段は恐ろしい程に切れ者で優秀な老執事も、恋する乙女と化したお嬢様を前にただの親バカな好々爺に成り果てていた。
バタバタバタ……
その時、上空から一台の白いヘリコプターが到着する。
「……あれ、あのヘリコプターは」
「あー、今頃増援が来たんだ。もう終わったのにー」
「相変わらず終わってから迅速に駆けつけてくれる方々ですな」
着陸したヘリからはジェイムスが降りてくる。
「状況は!?」
息を切らせて走り寄る彼の顔は疲労困憊と言った様子で、恐らくは命からがら総本部に帰還した後に間髪入れず11番街区に向かうよう秘書官に急かされたのだろう。
「見ての通りだよー」
「ど、どうもジェームズさん……」
「見ての通りって……うぉっ! どうしたんだスコット!? その格好……」
「いやぁ……ちょっと……あの、はい。張り切り過ぎちゃいまして……」
怪獣の死骸をバックに困ったような笑顔を見せる血塗れのスコットを見て、ジェイムスは本能的に直感した。
ひょっとしてコイツはヤバい奴なんじゃないかと。
怪獣の血飛沫だらけになった禍々しい格好だけでも十分だが、あのドロシーと仲良さげに手を握っている姿が彼の中でスコットの警戒度を上げる要因だった。
「……スコット、君は……本当にスコットか?」
「えっ?」
「昨日とはまるで別人だぞ……?」
ここでジェイムスはスコットがドロシーに 何らかの洗脳 を受けてしまったのではないかと勘ぐる。
「え、そうです……かね? ああ、まぁ……昨日のは……」
「ひょっとしてこの魔女に何かされたんじゃないのか?」
「ええっ、酷ーい! いくらキッド君でもそれは酷いよ! 君は僕を何だと思ってるの!?」
(性根捻くれまがった腹黒魔女だと思ってるよ!!)
……などと正直に言うわけにはいかないのでジェイムスは口を紡いだ。
「実はその……昨日の俺はちょっと、はい。すいません、色々と抑えてました」
しかしスコットが申し訳無さそうに発した言葉が決定打となり、ジェイムスの彼の評価は覆された。
ああ、コイツもドロシー達と同類の化け物だと。
「……」
「そ、それじゃあジェームズさん。また今度……」
「ふん、キッド君なんてもう知らない。二日は口聞いてあげないからね」
「それではジェイムス様、またの機会に。後始末はそちらにお任せ致しますね」
ドロシー達はジェイムスに後始末を押し付けてその場を去る。
「……はぁ。これはとんでもない貧乏くじを引かされたかな」
ジェイムスはドロシーと手を繋いで去っていくスコットを見送った後、足元で冷たくなっている人っぽい豚を見て魂が抜けるような溜息を吐いた。
「……それで、俺たちにどうしろってんだ。この有様を」
間を置かずして異常管理局のヘリが次々と到着する……大地に降り立った職員達は11番街区の惨状を前に、みんな揃ってジェイムスと同じ様な顔になったという。
疑う余地もなくあの二人はバカップルです。ただしバはバケモノの頭文字ですが。