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「あははじゃねーよ! そのムカつく顔をやめろ! もう一発引っ叩くぞ!!」
「ごめんね、この顔は生まれつきなのー」
「け、警部! 落ち着いてください!!」
リュークは拳を振り上げる警部を必死に抑えた。ドロシーは頭を摩りながらまるで気の置けない友人のように気安く警部に話しかける。
「相変わらず手が早いなー、アレックスちゃんは。怒りたくなるのもわかるけど、八つ当たりはやめてくれない?」
「この……ッ!」
「警部! 落ち着いて、落ち着いてください!!」
「……くそっ! 何でこの状況でニコニコ出来るんだよ!!」
「僕から笑顔を取ったら可愛さしか残らないじゃない。それに、叩くためにわざわざ呼んだわけじゃないでしょ?」
こちらを煽っているとも、宥めようとしているとも取れない彼女の返答を受け、警部は歯ぎしりしながらも何とか気を落ち着かせる。
「と、ところで警部、この子は一体……?」
「……ああ、こいつが助っ人だよ……くそっ、もう少し早く来いよ!」
リュークは訝しんだ。
一体、警部は何を思って非常時にこんな少女を呼び寄せたのだろう。金糸のように煌めく髪を後ろで纏めたヘアスタイル、頭頂部でアンテナのようにそそり立つ癖毛、身長は150cm未満と小柄で、フリルワンピースの上にキャメル色のコートという出で立ちの眼鏡をかけた可憐な少女だ。
その顔立ちはまだあどけなく、年齢はどう見積もっても10代後半に届くかどうかだろう。
(この子が警部が言ってた強力な助っ人……? 冗談だろ??)
正直な話、とても助っ人として役に立つとは思えなかったからだ。
「申し訳ありません、少々道が混んでおりまして……」
「ちょっ、誰ですか貴方は!? ここは危険で」
「アーサー、車はどうしたの?」
「適当な場所に停めておきました」
そこに車を任されていた老執事が現れる。既に老齢であったがその身長は190cmに届こうかという長身で、如何にも某国紳士然とした白髪の男。
「いつもご苦労様です、アレックス警部。私たちも迅速に駆けつけたかったのですが……道が空いておりませんでしたので。犠牲となった皆様に合わせる顔も御座いませんが、どうかご容赦を」
彼の真摯な態度に警部は冷静さを取り戻す。
「……ああ、すまん。お前らは悪くないな」
「そうよ、警部。悪いのはいつだって悪さをする奴らの方よ?」
「……そうだな」
「それと、肝心な時に来てくれない管理局の人たちだね」
ドロシーは強盗に占拠された銀行をチラ見し、周囲をぐるりと見渡す。周囲に飛び散った血痕と肉片、破片、そして黒いビニールに覆われた犠牲者を見て顔をしかめた。
「全く、酷いことをするね。最近の悪ガキは」
「……」
「残された人質は?」
「……今は7人だ。俺たちが駆けつけた時は8人だったが……」
「じゃあ銀行を襲った悪ガキの数は?」
「運良く逃げ出せた利用客によれば7人だ。そいつらのリーダーがヤバイ物を持ってる」
「ヤバイ物っていうのは?」
「……魔導書だ。それも今時珍しい召喚系のな。そいつが呼び出す化け物のせいで大勢やられた」
「ありがとう、後は僕に任せて。アレックス警部」
コートから鈍い銀色の光沢を放つ回転式拳銃を取り出し、軽く動作をチェックしてからドロシーはスタスタと歩き出す。
「ちょ、ちょっと! 危ないよ!!」
「?」
リュークに肩を掴んで引き止められ、ドロシーはキョトンとしながら彼を見た。
「えっ、何?」
「何……じゃないだろ! 一体、何のつもりだ! そんな銃でどうにかなる相手じゃないぞ!?」
「ひょっとして、僕を心配して引き止めてくれたの?」
「当たり前だろ!? ふざけてないで、下がって! そもそも君みたいな子供が銃なんか」
「あはは、そう。君は僕が子供に見えるのね」
引き止めてくれたリュークの頬に軽くキスをして、ドロシーは嬉しそうに笑った。
「初めて見る顔だね、新入りさんかな?」
「なっ……!?」
「君には僕が子供にしか見えないかもしれないけど、実はこれでも君よりずうっと年上なの」
「えっ!?」
「それこそアレックス警部……いいえ、このアーサーよりもね」
リュークは混乱しながら警部を見るが、彼は無言で目を逸らすだけだった。老執事も笑顔で頷き、視線を戻した時にはもうドロシーはこちらに手を振りながら歩き出していた。
「お、おい!」
「お気をつけていってらっしゃいませ、お嬢様」
「ちょっと! 貴方は彼女の執事か何かでしょ! 何で止めないんですか!?」
「……行かせてやれ。情けないが、今はあの魔女に頼るしかないんだ」
「警部!?」
「アーサー? 外では社長って呼ぶように言ってるでしょー? それと友達を魔女って呼ぶな、アレックスー」
ドロシーはそう言ってくすくすと笑いながら銀行へと歩いていく。
(……何で誰も止めないんだ!? このままじゃあの子が化け物に……!)
ここでもリュークは疑問を抱いた。
危険な猛獣を従える強盗犯に占拠された危険地帯に少女が一人で近づいていくというのに、誰も彼女を引き止めない。アレックス警部や彼女の使用人でさえも。それどころか同僚の警官や観衆はまるで忌避しているかのような視線を彼女に向けている。
誰一人として、彼女の身を案じていないのだ。
「……何なんだよ、この街は」
来たばかりのリュークはまだ知らなかった。彼女が何者なのかを。どうして彼女がこの場に呼ばれたのかを……。
ちなみに寝る前に紅茶はオススメしません。変にキマると止まらなくなります。