18
闇に捕らわれたヒロインを救い、傷ついた彼女の心まで救済する主人公の鑑。
(……)
(……暗い、な)
気がつけば、彼は暗闇の中にいた。
(オレ……どうなったんだっけ、えーと……んー……)
自分の身に何が起きたのか、それすらも漠然としない。
痛みは感じない、だが温もりも感じない。
何も感じない。
何もない暗闇の中で、彼は一人で蹲っていた。
(……なんだか、思い出すなぁ。この暗闇……3年前も……こんな感じだったっけ)
3年前に単身、リンボ・シティに渡って生身の肉体を失った日。
彼は首だけの状態で生かされ、倉庫の暗闇で安置されていた。
……丁度、その時の感覚が今と同じようなものだった。
(あの時は怖かったなぁ……首だけだったもんな。首だけで、こんな感じの真っ暗な倉庫の中でずーっと……)
(ずーっと……)
その瞬間、何も感じなかった筈の身体に寒気を感じた。
(……ひょっとして、このままずっと……真っ暗な世界にいなきゃいけないのか……?)
不意に感じた寒気が恐怖によるものだと悟った時、彼の全身がガクガクと震えだした。
(……そうだ、オレ……食われたんだ。化け物に捕まって……そんで……そのまま……口、口の中に……!)
そして洪水のように押し寄せる記憶。
彼の頭の中では怪獣の大口に飲まれる瞬間が何度も何度も再生される。
(それで食われて、死んで……えっ? じゃあ、此処が死後の世界? え、嘘だろ? 天使は? 花畑は? え、聞いてた話と違うぞ……!?)
怪獣に食べられて死んだ。
そう考えてしまった彼の不安は留まることを知らない。
(冗談だろ!? ちょっと! おい、神様! 神様ー! ここに死んだ子がいますよー! 死せる魂がおりますよーっ!!)
(ちょっとぉおおー!?)
彼は孤独な暗闇の中で神を呼んだ。
もしも自分が死んだのなら、神様が迎えに来てくれる筈だと。
だが、神は現れなかった。
(……こんなの、こんなのがオレの終わりなのかよ! 嘘だろ!? 死んで……死んでからもオレは一人ぼっちなのかよ!? そんなの……)
(そんなの嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁー!!)
彼は暗闇の中でボロボロと涙を溢れさせながら救いを求めた。
(やだ、やだ、やだ、やだ、やだ! こんな終わり方は嫌だ! オレをこんな暗闇で一人にしないでくれ!!)
(お願い、神様! ああ、天使様! ブッダ様! イエス様……あぁ、もう!!)
(何なら悪魔でもいい! 誰か……誰か、助けてよぉおおおおおおおおおおお!!)
────メリッ
彼が悪魔に助けを求めた瞬間、その身体を包む闇に小さな亀裂が走った……
ブチブチ、ブチブチブチブチブチィイイイイ─────
何かを引き千切るような酷く耳障りで、とても嫌な音。
耳を塞ぎたくなるような不快な音が聞こえるのに、不思議と恐怖は和らいだ。
何も感じない不安な闇の中で、ようやく聞こえてきた音だったから。
「うぅぉおおおおおおおおおおおーっ!!」
スコットが戦闘中に偶然目についたので、ついでに引きちぎって投げ捨てた怪獣の一部。
小さく脈動する繭のような器官の中で彼は眠っていた。
バシャァァァァァアア
地面に落下した繭は生暖かい半透明な液体をぶち撒けながら破れ、内部からデイジーが流れ出てくる。
気を失っているようだったが身体に目立った外傷は無く、衣服だけが綺麗サッパリ溶け落ちてしまった事を除けば無事だった。
「……デイジーちゃん!?」
ドロシーは瞠目した。
彼女はデイジーが怪獣に捕食されて死んでしまったと思っていたからだ。
「……う……ううっ……」
だが実際は丸呑みにされただけで、デイジーは怪獣の体内で五体満足で生存していた。
運がいいのか悪いのか、怪獣は小さく食いでのない彼をわざわざ噛み砕こうとはせずにそのまま体内で養分だけをじわじわと吸収しようとしていたらしい。
「ああっ! デイジー! おまっ、おまえ……生きてたのかーっ!!」
可愛がっていたデイジーの生存を確認したアルマは目に涙を浮かべて喜ぶ。
「こんの……ふぬぁあああああああああああっ!」
感極まったアルマは気合いで触手の束縛を脱し、そのままデイジーのすぐ近くに着地した。
「うー……ん」
「うわぁぁあん! デイジーッ! 死んだと思ったぞぉおー! マジで悲しんだぞ、てめぇええーっ!!」
「……あっ、え? あえ? 姐さん?」
「あーんもー、可愛いなー! チューしてやるー! チュー!」
ずぶ濡れになったデイジーを何の抵抗も無く抱きしめてアルマは執拗にチューする。
「ふわぁあああ! やめて! やめてよ、姐さ」
ベチャアッ!
「ひうわぁあああああああああ!?」
そんな二人のすぐ近くに怪獣の大きな肉片がベチャッと落ちてきた。
「何、何!? 何これ、キモッ! 何かキモいのが落ちてきたよぉ!?」
「アルマ! 早くデイジーちゃんを連れてこっちへ!!」
「あいよー!」
「……って何でオレ裸なのぉ!? うわぁっ、しかも体中ベトベトしてるぅうう! いやぁぁぁぁあー! お嫁に行けないぃぃいー!!」
羞恥のあまり顔を抑えて泣きじゃくるデイジーを抱きかかえてアルマはドロシーの所に急ぐ。
「ぷぎゃああああああああああああああっ!」
そして聞こえてきたのは豚のような鳴き声。
怪獣の体内に逃げ込んでいた本体は、ついにスコットに引きずり出されてしまった。
「……」
「ぷぎゃああぁぁあ! ぷぎゃっ、ぷぎゃああああああ!!」
スコットは言葉こそ話せないが必死に命乞いをする本体を見て動きを止める。
「……すぅー……はぁー……」
大きく深呼吸し、落ち着きを取り戻したスコットはふと周囲を見回す。
辺り一面には緑色の血飛沫と肉片が飛び散り、とても人様にはお見せできないような惨状が広がっていた。
「……ははっ」
スコットは怪獣の血に染まった11番街区を見て小さく口元を引き攣らせ……
「そんなに怖がるなよ、傷つくじゃないか」
許しを乞う本体の顔をガシッと掴んだ。
「俺は別にお前に大した恨みもないし、むしろ感謝してるくらいだからさ……」
「ぷぎゃあああ! ぷぎゃっ、ぷぎ」
「でも、あの人たちはどうだろうな」
スコットは本体をある場所に投げ捨てる。
「……ぷぎっ?」
見逃して貰った……などとおめでたい勘違いをしながら上を向くと、ドロシーが天使のような笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいた。
「ハァーイ、はじめまして。僕、ドロシーっていうの! よろしくね!!」
「ぷぎゃ、ぷぎゃっ……!」
「でも、残念ね! もうお別れの時間よ!!」
……あの豚のような本体が、銀色の球体に取り込まれた人間の成れの果てだという事実を知る者はその場には誰一人としていなかった。
そのヒロインを生贄にしたのは秘密です。ちゃんと助けたからセーフ。