17
この話はワイン入りシェルパティーを飲んでリラックスしていたら急に浮かびました。
《ヴァォア、アアアア、アガギャッ!!》
千切れ飛んだ怪獣の首は道路に落下し、藻掻きながら苦しげな声をあげる。
頭部を失って尚も怪獣の身体はその動きを止めない。身体から機械の触手を伸ばしてスコットを攻撃するが……
「あぁぁぁぁあああああああああああ!」
青白い腕の拳圧だけで触手は潰れ、軽く触れただけで一斉に千切れ飛ぶ。
「あぁぁぁぁぁぁあああーっ!!」
そして叫びながら振り抜いた拳は、まるで巨大な柱のような怪獣の前脚を容易くへし折る。
右前脚に続いて左前脚もへし折られ、巨体を支えられなくなった怪獣は前のめりに倒れ込む。
「うぉおおおおおおおああああああああっ!!」
スコットは怪獣が倒れた後も攻撃の手を緩めない。
ドロシーの魔法すら有効打を与えられなかった頑丈な外殻をパンチ一発でぶち抜き、鋭く生え揃った悪魔の爪は怪獣の身体をズタズタに引き裂く。
もはやそれは戦闘ではなく、ただただ一方的な蹂躙に等しかった。
(……凄い)
そんな目を覆いたくなるような凄惨な光景を前にしても、ドロシーは彼から目を離さない。
(……何あれ、凄い。アルマの刀も、僕の魔法も大して効いてなかったのに……)
(あはは、何あれ。信じられない、あんな、あんなの……)
あの光景に恐怖するどころか彼女の頬は徐々に紅潮し、その瞳は輝きを増していく。
無意識の内に彼女はギュッと手を握りしめ、ひたすら暴れ回るスコットに釘付けになった。
そしてすぐ近くに怪獣の肉片が落下した瞬間、ドロシーの興奮は最高潮に達した。
(あんなに怖い化け物、見たこと無い!!)
ドロシーが自分に熱い視線を向けている事など知る由もないスコットは、とにかく鬱憤を晴らすように怪獣を徹底的に痛めつける。
怪獣の本体が何処にあるかなど、今の彼にとってもはやどうでもよかった。
(くだらねぇ、くだらねぇ、くだらねぇ、くだらねぇ!)
スコットの頭の中を今までの苦い経験が駆け抜ける。
自分を悪魔と忌避するもの、自分を怪物と呼び恐れるもの、自分に石を投げつけて笑うもの、無抵抗な自分を虐めて楽しむもの、そして少し怒っただけで泣きわめいて許しを請うもの……
スコットの知る人間とは、そんなものしか居なかった。
実の両親でさえも彼の全てを受け入れることはできなかった。
彼の両親は人の親としては立派だったが……
彼の親としては失格だったのだ。
(くだらねぇ!!)
自分の意志に関係なく、関わったものを不幸にする? とんでもない。
彼の悪魔はいつだって正直だった。
悪魔は彼が望んだ通りに動いた。彼が強く望めば現れ、彼が望まなければ何もしない。
デイジーが食われる瞬間も、彼が望まなかったから現れなかっただけなのだ。
「はっ……! ははははははっ! ははははははははっ!!」
……彼が望んだ状況を生み出す為に。
「あはははっ……!」
デイジーを見捨て、社長が自分を見限る切っ掛けを生み出す為に。
「あぁはははははははははぁぁぁぁっ!!」
ようやくその事に気づいたスコットは涙が出るほど喜んだ。
泣きながら感謝した。
そして自分を心の底から軽蔑した。
そんな自分を軽蔑することで更に笑いが止まらなくなった。
本当の悪魔は、自分だったのだから。
「うぁぁぁっぁぁあああああああああああーっ!!」
救いようのない自分の愚かさと、吐き気がするほど自分に忠実な悪魔の力にスコットは絶望する。
そして、その行き場のない絶望の捌け口に選ばれた怪獣の末路は悲惨なものだった。
「……あはっ、なぁにあれぇ……」
触手に捕らわれたまま置いてけぼりを食らうアルマは暴走するスコットの姿に苦笑いする。
「やべぇなぁ……アイツ。あんな化け物を何処で捕まえたんだよ、ドリーちゃん。ちょっとおねーちゃん心配しちゃうわ……」
暴れ回るスコットに恋する乙女のような視線を送るドロシーのこれからを心配しながらも……
「……でも顔と身体は良いもんな。ちょっと今夜誘ってみようかな」
アルマもそんなスコットに興味津々の様子だった。
◇◇◇◇
「ここまで来れば一先ず安全でしょうな」
11番街区から離れた安全な場所まで警部達を送り、老執事は一息つく。
「……何ですか、あれ」
「さぁ、俺にもわからん」
「どうするんですか……あんなの……」
常識外の怪物を目の当たりにしたリュークは呆然とする。
地響きは警部達の居る場所にまで届き、周囲の人々も流石に動揺を隠せずに居た。
「それでは私はここで失礼致します」
「……ああ、助かったよ執事さん」
老執事はアレックス警部に頭を下げ、近くにあった自転車を借りてドロシーの所に戻る。
警部は堂々と他人の自転車を盗んで走り去る彼を複雑な表情で見送り、リュークはこの世の終わりを見たかのような表情で頭を抱える。
「あんなの……あんなの……っ! どうしようも無いじゃないですか!!」
「そうだな、確かに今日のはヤバい奴だな。もしもここが街の外だったら軽く世界の危機だったろう」
「……ッ」
「でもな、この街じゃ何とかなっちまうんだよ。あんな化け物が現れてもな」
あのような怪物を目の当たりにしても、アレックス警部は力強い声で言い放つ。
「可哀想に、あの周辺は暫く閉鎖されるでしょうなぁ……いいお店が沢山あったのですが」
老執事は巧みなハンドル捌きで騒ぎを聞きつけてきた野次馬や増援のパトカーを避けながら呟いた。
コニャックを少量混ぜたマスカットティーは格別です。