16
「ああああーっ! くっそおおおおー!!」
ついに機械の触手に捕らえられてしまったアルマが悔しそうに足をばたつかせる。
「アルマッ!」
「心配すんな、ドリーちゃん! このくらい……うぎぎぎぎぎっ!」
ギリギリギリ
「あっ、やばい! こいつの縛り結構強い! 抜け出せねえかも……!!」
アルマまで捕らえられ、流石のドロシーも額に汗を浮かべる。
《ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!》
復活した怪獣の耐久力は以前とは比べ物にならないほど上がっていた。
アルマの黒刀も表面は切り裂けても骨までは切れず、ドロシーの魔法でも有効打は与えられない。
更に傷つく度に触手で周囲から機械金属を取り込んで再生し、怪獣はその躰を強化させていく。
(……こうなったら、アレを使うしかないね……)
アルマを人質にしてゆっくりと迫る怪獣に奥の手を使う事を決意し、ドロシーは両手の魔法杖を手放す。
「お、おい! ドリーちゃん!?」
「……ごめんね、お姉ちゃん。使わせてもらうよ」
ドロシーは胸元にそっと手を当てて意識を集中させる。
「……ッ! やめろ! こんな奴、おねーちゃんがぶっ倒してやるから! それだけは使うな! 使うなって……!!」
アルマも何かを察し、身体を捩らせながら必死に止めるように説得する。
(……ごめんね、皆。少し前にも使ったばかりだけど……もしまた使うのなら、今しかないから……!)
ドロシーの胸元に金色の紋章が浮かび上がる。
それに呼応するかのように周囲を金色の燐光が舞い、その足元には幾何学的な模様が幾重にも重なった巨大な魔法陣が発生する……
(……スコッツ君は逃げたかな。まぁ、逃げるよね。折角、逃げ出せる機会をあげたんだから……)
(……でも、ちょっと……残念ね。折角、気になる人が出来たと思ったのに……)
恐らくは既に逃げ去ったであろう新人に想いを馳せ、ドロシーは小さく笑った。
「まぁ、いいや。僕に余計な思い出は必要ないわ……家族さえ居てくれればそれで」
「ドロシ────ッ!!」
「それで、十分よ」
自分を制止するアルマの声に少しだけ思い留まったが、それでもドロシーの決意は揺るがなかった。
《ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!》
怪獣は彼女も捕らえようと無数の触手を伸ばす……
「……それじゃ、覚悟はいいわね? デカブツ。今から、お前を」
────ドゴンッ!!
触手の歪な切っ先がドロシーまで届こうとした瞬間、彼女の背後から飛び出した青い巨腕にまとめて殴り飛ばされた。
「……はえっ?」
「ただいま、社長」
それは、キョトンとするドロシーの耳元でそっと呟く。
「言えなかったことを言いにきました」
その言葉を彼女に残し、此処から逃した筈のスコットは怪獣に向かって突撃した。
《ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!》
怪獣は突撃してくるスコットに向けて再び触手を伸ばし、今度は捕らえずに槍のような先端で貫こうとした。
「……はっ」
眼前に迫る禍々しい槍の雨。
普段のスコットなら即座に心が折れ、19年の苦難に満ちた人生を後悔しながら回想して終わっただろう。
「ははははははははははははっ!!」
だが、今の彼は後悔するどころか……心の底から、歓喜した。
「うぅぉおおおらぁあああああっ!!」
たった一振り、背中から生える大きな拳の一振りで槍の雨は霧散した。
ただの一瞬も、スコットの突撃を止めることが出来なかった。
「ぁぁぁぁぁぁあああああああっ!」
スコットは獣のような雄叫びをあげ、機械の触手を文字通り片手間に捻じ伏せながら地面を蹴って跳躍する。
「ぁぁぁぁぁぁっはっはっはぁああああああああああーっ!」
彼が握りしめた拳に呼応しているように、悪魔もその拳をギリギリと力を込めて握りしめる。
「うらぁあああああああああああっ!!」
────ゴォンッ!!
そして、思いっきり。自分よりも遥かに巨大な、ビルよりも大きな怪獣を全力で殴りつけた。
《ヴォギャッ……!》
その拳の一発で、怪獣の首は呆気なく千切れ飛んだ。
「ふふふ……名演技でしたわね、奥様」
「そうかしら?」
スコットを嬉しそうに見送ったルナにマリアは声をかける。
「マリアこそ、あんなに酷いことを言うなんて。後でちゃんと謝るのよ?」
「あれくらいは言っておかないと新人君の為になりませんわ」
「ふふふ」
「私もお嬢様程ではありませんが、その目を見ればどのようなお相手か解るのですから」
マリアは黄色い瞳を怪しく煌めかせ、愉しげに笑う。
「彼は化け物です」
「ええ、本当にね」
彼女達はとっくに見抜いていた、スコットの本質を。彼が人の皮を被った正真正銘の化け物だと言うことを。
「気弱な態度は人の世界で生きるために、それっぽい理由をつけて作り出した仮面でしかありませんわ。あれでよく人間として生きてこれましたわね」
「きっと彼の両親は本当に立派な人間だったのでしょう……あんな力を宿してしまった子供をちゃんと育ててあげたんだから」
「ふふふ、さぞかし両親が嫌いだったことでしょうね」
二人はうふふと笑いながら会話を盛り上げる。
「両親が立派だったから彼はその力に悩み、恐れるようになった。でもそれは逆効果。生まれ持った力を抑え、人間として寄り添おうした彼を受け入れる人は誰もいなかった」
「彼は苦労したでしょうね」
「だって力を抑えて近づいた所で 気持ち悪いものは気持ち悪い と断じるのが人間様ですもの……うふふふふ」
マリアはそっと自分の頬に触れ、妖しく恍惚な笑顔を浮かべた。
「ああ、お嬢様が気に入るのもわかりますわぁ……」
そんなマリアを見てルナもうふふと笑う。
「駄目よ、あの子はドリーが選んだ子だから。手を出さないようにね」
「うふふ、奥様に言われても説得力ありませんわ」
「ふふ、何のことかしら?」
「本当に嫌な性格してますわねぇ、奥様は……」
二人の魔女は妖しく笑いながら可愛らしい新人君を改めて歓迎した。
「さぁ、好きに暴れなさい。この街は貴方を歓迎してくれるわ」
ちなみに紅茶と炭酸水の相性も悪くありません。ティーソーダも中々いいものですよ。