15
二人の綺麗なお姉さんに励まされて覚醒する主人公。王道ですよね。
「クソッ、畜生……!」
スコットはルナの手を引いて街を走る。
後方からは地響きが聞こえ、ドロシー達が怪獣と戦っている事が窺えた。
(……俺は、ここまで何をしに来たんだ……! 俺は……!!)
「うふふ、ルナ様のエスコートご苦労さまです。スコット君」
「う、うわぁっ!?」
気がつけば隣を並走していたマリアに驚き、スコットは思わず立ち止まる。
「ま、マリアさん!? どうして此処に」
「どうしてと言われましても、私はお嬢様のメイドですので。いつも付かず離れずの位置で見守っていますのよ」
「マリア、デイジーが……」
「はい、見ておりました。胸が張り裂ける想いでしたわ」
「……えっ」
マリアの発言にスコットは耳を疑った。
「……み、見ていたんですか?」
「はい」
「じゃあ、何で助けなかったんですか! 貴女の仲間でしょ!? 貴女が来てくれていたらデイジーさんはきっと」
「だって、スコット君がいたんですもの」
マリアは顔色一つ変えずにそう返した。
「貴方の力を期待していたので私は手を出しませんでした。実際、あの子の一番近くに居たのは貴方でしたもの。必ずその力で助けてくれると思っていましたわ」
「……お、俺は」
「でも、ふふふっ。やっぱり貴方は人の子でしたわね」
スコットの目を見つめ、マリアは落胆しているとも煽っているともとれない言い回しで話を続ける。
「マリア、彼は」
「奥様、正直に言うと私はこの方が 役立たず だと昨日の時点で気づいてましたわ。でもお嬢様があんなに熱を入れて彼を推すものですから……」
「……」
「でもこれでハッキリしましたわね。さぁ、早くここから逃げなさいスコット君。貴方にこの仕事は向いてないし、この街に馴染むのも無理ですわ」
そしてキッパリと言い放った。
「で……でも……後ろでは社長が」
「そこはご心配なく。貴方にはもう関係ありませんので」
「でも、社長は俺を!」
「貴方は逃げたかったんでしょう??」
マリアの発言にスコットは心を抉られた。
「貴方はずーっと逃げたい、逃げたい、と思い続けていたではありませんか。これ以上のチャンスはないでしょう?」
「……」
「それとも、お別れの挨拶がないと駄目なの? 貴方には好きでも何でもない相手にも挨拶しなきゃいけない義務でもあるの? そんな筈はありませんわね、貴方はお嬢様が嫌いですもの」
少し前に考えていたこと、一度は強く心に過ぎった感情、心の何処かで望んでいた結果。
マリアはその全てを見透かしているかのように言う。
「それに貴方は自分に宿る悪魔の力が使えなかったようですが、それはとても良いことではありませんか。もっと喜びなさい」
「……ふざけないでくれ! あの時、悪魔の力が使えていたらデイジーさんは助けられたんだ!!」
「どうして使わないといけないの? 貴方、悪魔の力が大嫌いなんでしょう??」
悪魔の力が使えなかったことに後悔するスコットに、マリアはその言葉を送った。
「お嬢様に悪魔について話した時も貴方は心底嫌そうでしたわよ? 良かったじゃない、やっとその力が使えなくなったんだから。きっと悪魔さんも貴方に愛想を尽かして何処かに行ってしまったのですわ」
「……そんな、勝手に……」
「自分を嫌う相手に挨拶をしなきゃいけない義務が悪魔にあると思うの?」
マリアが冷たく言い放った言葉にスコットは言い返す事も出来なかった。
「ルナ様は私が責任を持ってお守りしますのでご心配なく。それではさようなら」
「……」
マリアはルナの肩にそっと触れ、立ち尽くすスコットを置いてその場を去ろうとする。
「スコット君」
ルナはそんなスコットに声をかけた。
「……」
「マリアの言う通り、貴方は自由よ。きっとドリーはこうなることを知っていて貴方と私を逃したのね」
「……ッ」
「あの子は目を見ればその子がどんな事を考えているのかわかってしまうから……貴方が逃げたがってることにも最初から気づいていたんでしょうね」
スコットは今朝のドロシーの言葉を思い出し……
「だったら、だったら……どうして俺を辞めさせてくれなかったんだ! どうして、俺を信じて……期待しているような目で見てきたんだよ! 考えがわかるなら……最初から俺を見限れば良かったんだ!!」
うっすらと目に涙を浮かべながら胸中をぶち撒けた。
「そうすれば、そうしてくれれば……俺は!」
「でも、きっとそれは嫌だったのよ」
「何でだよ!!」
「だってドリーはスコット君を気に入ってしまったから」
ルナはスコットに歩み寄り、その頬を優しく撫でながら言う。
「例え好かれていないとわかっていても、一度気に入ったものは簡単に手放したくないでしょう?」
「……」
「意外だったかしら? ドリーはああ見えてまだ子供なの。貴方よりもずっと長生きしているのにね」
優しい笑顔に少しだけ名残惜しさを滲ませながら、ルナはスコットから離れる。
「私も貴方を止めないわ。逃げるなら早く逃げなさい」
「……」
「でも……それでも、最後に一つだけお願い出来るなら」
ルナは振り向かずに静かな声でスコットに告げた。
「別れの挨拶も兼ねて、ドロシーに本当の貴方を見せてあげて」
此方に華奢な背を向けて、我慢した子供にご褒美を与えようとしているかのような優しい声で。
「……あの子が怖がっても仕方ないくらいの、本気の悪魔をね」
ルナが発した言葉で、限界寸前だったスコットの心は一気に弾けた。
「……はっ、はは……」
そして彼は自分では御しきれない程の感情の濁流に飲まれる。
「はは……はははっ……!」
怒っているのか、呆れているのか、安心しているのか、嫌がっているのか……とにかく訳がわからない程にグチャ混ぜになった自分の感情の中で唯一ハッキリとしているもの。
それは彼が今まで感じたことの無いくらいに強烈な……
────歓喜。
「あ────っはっはっはっは!!」
これ以上ない非常時だと言うのにスコットは腹を抱えて笑った。
自分でももうわからない。
どうして笑っているのかもわからないのに、笑いが止まらない。
「あーっはっはっ……はっはっはぁぁあ! あははははははははぁああああっ!!」
まるで自分の中に眠る悪魔までもが一緒に笑っているかのようだった。
「ははっ、くっそ! くっっそ! 最悪だ! 最低だぁ! ぁはははははっ!!」
「……ふふっ、そう。それじゃあどうするの?」
ここで漸くルナが振り返り、笑い疲れて尚も背中で笑うスコットに問う。
「うふふ、決まってるわよね? 貴方はここから逃げるんでしょう?」
ルナに合わせるようにして、マリアもスコットに問う。
「……ははっ、はぁー……」
二人の魔女の囁きに、スコットは肩を震わせて答えた。
「……言う必要……ありますか? 俺はアンタ達が嫌いなんですよ??」
その瞬間、今まで何の反応も示さなかった青い悪魔が彼の背中からついに姿を現す。
「なら、やることはもう決まってるじゃないですか」
片眼に揺らめく青い光を灯し、スコットは心底嬉しそうに宣言した。
覚醒したのは人以外のナニカですけどね。