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「いてて……おい、お前ら大丈夫か?」
「……多分、生きてます」
「ああ、冷たっ! くっそー、何でこんな所に!!」
「13番街区に跳ばされるよりはマシだろ……我慢してくれ」
捕食されたヘリコプターに乗っていた筈のジェイムス達は一桁区にある広場の噴水の中から這い上がる。
「……転移石を持ってきて良かったよ。これがなかったら今頃、あの世で爺さんに説教されてるところだ」
手のひらのヒビ割れたガラス玉のような石を見つめ、ジェイムスは安堵の表情を浮かべる。
「でも、貴重な転移石が……」
「えっ、あのタイミングで転移石を使うなと!? 死にたかったのか!?」
「あっ……す、 すみません! 先輩!!」
ヘリコプターが潰される瞬間、ジェイムスはアグリッパ家が代々保有する特別な魔導具である転移石を使用して難を逃れた。
転移石は使用者とその周辺に居る人物を別の場所に転移させる能力を持つが、一つの石につき転移できるのは一度限り。
既に現存数も残り僅かとなっている非常に貴重な代物だ。
「……で、どうしようか」
「……」
「とりあえず、本部に戻りましょう……幸い建物のすぐ近くに転移できましたし」
ちなみに転移できるポイントは昔から決まっており、予め決められた場所の中からランダムで選ばれる。
運が悪ければ13番街区のゴミ捨て場に飛ばされる可能性もあり、貴重品にしてはギャンブル性の高い魔導具だ。
◇◇◇◇
〈ヴァアアアアアアアアアアアッ!〉
デイジーを飲み込んだ怪獣は全身から触手を伸ばし、乗り捨てられた乗用車や周囲の建物から金属部品を手当り次第に摂食する。
破壊された手足の代わりにより太く強靭な四肢が生え、ベキベキと耳障りな騒音をたてながらその姿を大きく変えていった。
「しゃ、社長! 一旦、ここを離れましょう!!」
「……スコッツ君はルナと逃げて。アレは僕が仕留めるから」
「何言ってるんですか、社長! あんなのもうどうしようもないですって! とりあえず今は……」
スコットの手を振り払い、ドロシーは両手に杖を構えて怪獣を睨みつける。
「社長命令よ、スコット・オーランド。貴方はルナと一緒に逃げなさい。それ以外の心配はいらないわ」
その瞳に巨獣のみを映し、ドロシーは淡々と言い放った。
「……ッ!!」
「……ドリー」
「行って。大丈夫、僕は大丈夫だから」
彼女の静かな威圧感に圧され、スコットはルナの手を取ってその場を離れる。
《ヴ、ヴルルル、ヴウウウウウウウウ……》
やがて地面を這うような低い唸り声が聞こえ、ズシンと街全体を揺るがすような振動が走る。
《ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオン!》
街を震わせながら、以前よりもガッシリとした体格に変異した怪獣が雄叫びを上げた。
「……お前は、僕のファミリーを傷つけた。それだけでも……十分な理由だったのに」
ドロシーは僅かに声を震わせながら、大きな瞳を見開く。
「あっはっはっ! 最高だ! 最悪だ! 最低だよ、お前! そんなに死にたいなら念入りにブチ殺してやる!!」
デイジーを奪われて悲しむどころか狂気の滲んだ笑みを浮かべ、ドロシーは両手の杖で魔法を乱射した。
「てんめぇえー、コラァァァァー! よくもデイジーを食いやがったなぁぁぁぁー!!」
足元の鉄骨からまた新たな黒刀を二本精製し、アルマは機械の災厄に突撃する。
《ヴオオオオオオオオオオオオオオオン》
怪獣は斬りかかってくるアルマと近くで魔法を乱射するドロシーを纏めて押し潰そうと、まるで柱のように太く大きな前脚を振り上げる。
ズズッ……ゥゥウウウウウウウウウウン!
怪獣の脚が地面を踏みつける。視界を埋め尽くす程の土煙と共に凄まじい衝撃が発生し、11番街区全体を揺るがすような振動で周囲の立派な建造物をド派手に倒壊させた……
「あらあら、楽しそうなことになってますわねぇ」
マリアは黒い日傘を差して高層ビルの屋上に立ち、11番街区の戦いを高所から見守っていた。
「今日もこの街は賑やかですこと。明日のニュースが楽しみですわ~」
ビルの上からリンボ・シティをぐるりと見回した後、マリアは楽しそうにふふふと笑った。
「ピョアアアアア! ピョア、ピョアア! ピョアアアアアーッ!!」
「ブウウウウウッ! ブゥウウウウンッ! ブゥウウウウン!!」
「うわあああっ! 丸鳥と翅蟲の大群がこっちに……!!」
「ピョアアッ!」
ビチッ、ビチビチビチビチィ!!
「ギャーッ! ローターがー!!」
「せ、制御が効かない! ヤバい! 落ち……ッ!!」
「ギャアアアアアアアーッ!!」
身の危険を察知した風船のように膨らんだ鳥に半透明なゼリー状の翅蟲達が大慌てで空を飛び交い、上空から11番街区の様子を伺いにきた報道ヘリを混乱させる。
────ドガァァァァァァン!!
そして問題の11番街区とは全く関係ない場所で不意に鳴り響く爆発音。
この街では、何でも起きる。
突然目の前に開いた黒穴から変なものが出てくる、街中でナニカが爆発する、話の通じないバカが騒ぎ出す、変な生き物が暴れだす、魔法使いがいる、不思議なパワーに目覚めた人間がいる、歳を取らない人間がいる、死んだ人間が次の日に生き返る……。
だが、この街の住人はそのような事が起きても 仕方ないね の一言で済ます。
彼らとってはそれが日常であり、外界の者達が恐れ忌避する者共すら此処では唯の一般人だ。
そんなイディオットとジョークが総動員なこの街を、いつしか人々はこう呼ぶようになった。
現世と地獄の狭間にある街……辺獄都市と。
「さぁ、スコット君。逃げるなら今ですわよ? お嬢様達のことは忘れて……さっさとこの街から逃げてしまいなさい」
「……もっとも、人の世界に貴方の居場所があるとは思えませんけどね」
ルナの手を引いて走るスコットを遠目で眺めながらマリアは愉しそうに笑う。
「自分にまで嘘をつく子の世話なんて、どの世界も願い下げですもの」
まるでスコットの中で燻っているナニカを見通しているかのような台詞を発し、マリアはビルの屋上からピョンと身を投げた。
ああ見えてメイドさんはスコット君を気に入っています。