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そのキレイな顔に……
ヤリヤモ達が迎えに来てくれたのは覚えている。
迎えの宇宙船内でキャサリンについてデモスがしつこく問い質してきたのも。
警告音が鳴り響く船内で激しく揺られながら光の中を進んでいたことも。
そして宇宙船の操縦席から見える光の道が元の世界へと続く帰路であることも何となくわかった。
「あの女はーっ!」
「だーっ、しつこい! いいじゃねえか、アイツが誰だって!」
「ヤモーッ!」
「も、もうすぐ起点世界Aに到着するぞ! 耐ショック姿勢をとれー!」
「ふああああああ!」
ヤリヤモ達はわたわたと慌てながら何かしらにしがみつく。いまいち状況は読み込めないが、彼は咄嗟にデモスを抱き締めて背中から呼び出した巨大な両腕を床に突き刺した。
────パキィィンッ
ヤリヤモ達の悲鳴と共に聞こえてきたのは、ガラスが割れるような音。
そして船全体が突き上げられるかのような衝撃が伝わり、流石の彼からも『おわはっ!?』と情けない声が飛び出した。
「み、皆、無事かっ!?」
「何だ!? 何がどうなった!? 今の音は何!? あ、デモスは大丈夫か!?」
「もぎゅ、もぎゅ……」
「ううーっ、あたまうったぁ……いたいよー」
「ヤ、ヤモ……ヤモ……」
「ぶ、無事とは言えないが……やり遂げたぞ!」
「だから何を!?」
「君をリンボ・シティに連れ戻した!」
あるヤリヤモがあの街の名を口にした。彼の胸がドクンと高鳴った。光の道を抜けた先に見えたのはかつて自分が心の底から畏れ、そしていつしか受け入れた新しい居場所の風景。
「か、帰っ……!?」
彼は喜んだ。ようやく帰ってこれたと。やっと彼女に会えるんだと無意識の内に笑顔になる。
だが、彼の顔から笑みはすぐに消えた。喜びの色を帯びていた筈の青い瞳は一瞬で曇り、光の代わりに暗く重苦しい淀みが広がった。
「ど、どういうことだ、これは!? 尋常じゃないアストラル反応がーっ!?」
「うーっ、あたまがいたいよー……くらくらするー」
「ふわあああああっ!」
「ヤモーッ!」
「……はっ、ははは。本当に……本当にさぁ」
思わず乾いた笑いが溢れた。宇宙船の中からでもハッキリと見えてしまったから。
……頭に光の翅を生やした金髪の天使の姿が。
彼女がどうしてあの姿になったのか。その理由はすぐにわかった。彼女の前にあの女がいたから。白く煌めく長い髪を生やしたあの女が……
気絶したデモスを押し退け、彼は無言で拳を振り上げた。
「き、緊急排出口展開ーっ! 急げーっ!!」
拳を振り下ろす前にヤリヤモは操縦席のボタンを押す。彼が殴ろうとした床にポッカリと穴が空き、そのまま真下に落下していった。
「いきなりごめんね! でもまた宇宙船に穴を空けられたら困るからー!」
「頼んだぞ、あの街を────ッ!」
ヒュルヒュルと落ちていく間、ヤリヤモ達が自分に向かって何かを言っていたのもわかっている。
だが、彼にとってはもうどうでも良かった。彼の頭の中はたった一つの感情で塗り潰され、あの女の顔面に振り上げた拳を叩き込む以外の事は考えられなくなっていた。頭の中から抜け落ちてしまったのだ。
それは亡き恋人への思慕や、あの世界で出会った恋人の生き写しへの未練、ようやく再会できた彼女に伝えたかった言葉をも塗り潰してしまう程の……
────殺意。
己の心で燃え上がる殺意に身を委ねた瞬間、彼の片眼には青い炎が宿った。
彼の殺意に呼応するかのように背中から現れた巨大な腕に力が漲り、より力強く禍々しい姿へと変貌していく。
「────ッ!!」
彼はもはや叫びとも言えない奇声をあげながら、忌々しい白髪の少女に向かって拳を突き出した。
────ゴシャッ。
その姿はもはや化け物、巨腕の悪魔と化した男の拳は 白髪の少女の顔面を見事に捉えた。
今更だが、彼が敵意を抱いた白髪の少女の顔は美しかった。彼女もまた天使を名乗れる程には。しかしそんな事はあの悪魔にとって関係ない。悪魔の怒りを買ってしまった以上、天使だろうが何だろうが顔面を潰されるのは必然だった。
何故なら、その悪魔の名は……
「スコット……!」
場所は変わって14番街区。セカンド・ソーリンエリアにあるナイトクラブで働くレンは、テレビに映し出された悪魔を見て涙ぐみながら言った。
『あ、あ……えっと……あの、すみません! プロとして誠に遺憾ですが、上手く言葉に出来ませぇーん! 空から何かヤバイのが降ってきて、あの化け物をぶっ潰して、ブッ飛ばしましたぁーっ!!』
「帰ってきた……! お兄ちゃんが、お兄ちゃんが帰ってきたぁ!」
「やってくれやがったわよ、あのヤロー! 最高に最悪なタイミングで帰ってきたよぉー!?」
「ううっ、ううううっ!」
「あー、あー! レンが泣いちゃったー!」
臨時休業中のナイトクラブの一室でホステス達が一斉に沸き立つ。ある者は泣き、ある者は興奮し、そんな彼女達を後方で見守るマダム・ヴァネッサは……
「いいんだよ、レン。好きなだけ泣きな。喜びの涙は女の誇りさ、我慢した分だけ吐き出してしまいな」
まるで母親のような慈愛に満ちた表情で満足気に言った。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
「お、お姉ちゃん、泣かないで……お姉ちゃんが泣いたら私も、私も……ううううううっ!」
「あーっ! メイも泣いちゃったー!」
「本当に罪な男だわよ、あのヤローは!」
「ねぇ! 許せないよねぇ!? あのレンをこんなにしちゃって……責任取らせないと!!」
「次に店来た時はもうアレね! プランBよ、プランB! これはもう絶許案件よ!」
「でも、それまでこの世界保つかしら!? 何なら今日滅んじゃいそうだけど!?」
「だって、今日はあの化け物が三匹に増えてるもんね……あれ、無理じゃない? アイツ来たところでどうにもならなくない?」
スコットの帰還で盛り上がっているが、状況が改善した訳では決してない。彼女達は前回の戦いもこの部屋で見ており、彼の力だけではインレを倒せないことを知っているのだ。
「折角アイツが帰ってきたのにその日に滅んだら意味ないじゃん! あの世でお慰めパーティーしろって言うの!?」
「あーっ! やっぱりあの夜、アタシも混ぜて貰えばよかったー!!」
「おやおや、もう諦めムードかい。諦めの早い小娘達だねぇ、どいつもこいつも未来ある若者なのに嘆かわしいよ」
「むしろママはどうして落ち着いてるのよ!? スコットが強いのは知ってるけど、インレはもっと強いのよぉー!?」
「ふふん、そう思うかい?」
だが、ヴァネッサはどうあがいても絶望な戦況を前にしても取り乱していない。刻一刻と迫る終焉に慌てるランカの手を優しく握り
「いつも口酸っぱく言ってるだろう? 男を見る目を磨きなってさ。ランカにはあの時のボウヤと、今日のボウヤが同じに見えてるのかい??」
『あのボウヤが勝つよ』とでも言いたげに。自信に満ちた表情で言った。
メガトンパンチ!