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辛い時、悲しい時、そんなときに頼りになる……
「て、め……ッ」
「おやすみなさい、アルマ。次はいい子に作ってあげるわ」
インレはそう言ってアルマから剣を引き抜き、剣先にこびり着いた彼女の血を振り払う。
「アルマァァァァ────ッ!」
血を吐き倒れるアルマの姿にドロシーは絶叫し、激情のままに彼女を貫いた 二人目のインレ を魔法で吹き飛ばそうとする。だが、ドロシーと対峙していた 一人目のインレ がそっと後ろから抱き着き
「……ッ!」
「あらあら、もう撃ってしまうの? 今の貴女は一発しか撃てないんじゃないの?」
まるで娘を諭すような優しい声でドロシーに忠告した。
「撃つと貴女は眠ってしまうわね。そうなるともう私の勝ちよ? 今までの頑張りが無駄になってしまうわね」
「う……うう……っ!」
「アルマのことならもういいじゃない。あの子は十分頑張ったわ。そろそろ休ませてあげましょう」
「う、うるさぁぁぁぁい!」
ドロシーは一人目のインレの腕を掴み、手のひらから魔法を放って破壊する。振り向きざまにもう一発魔法を撃ち込んで吹き飛ばし、アルマとデイジーを倒した二人目のインレに高速で接近する。
「あぁぁぁぁぁあっ!」
「あら、どうしたのセオドーラ? 貴女の相手は私じゃないでしょう?」
「インレェェェェェーッ!」
「でも、そんなに怒ったセオドーラを見るのは久し振りね……ふふふ」
二人目のインレはドロシーの突撃を回避しようともせず、満足げに微笑みながら両手を広げて待ち受ける。
まるで娘を抱きしめようとする母親のような慈愛に満ちた顔。あまりにも嬉しそうで、自分に向けられる憎悪の感情すら愛おしく感じるインレにドロシーの感情は更に爆発する。
「お前なんか、消えてしまえええええ────っ!」
ドロシーは二人目のインレにウヴリの宝杖を突き刺し、そのまま最後の切り札を放つ……
「駄目だ、ドロシー!」
ドロシーが魔法を放つ瞬間、ニックが二人目のインレの上半身を切り飛ばしてウヴリの宝杖を押さえつける。
「は、放して……! こいつを消さなきゃ! こいつだけは……!!」
「まだ使うな! それを使えば、君は眠ってしまう! 彼女を倒しても敵はまだ二人残っているんだぞ!?」
「でも、でも……っ!」
「辛くても堪えろ! それはまだ使っちゃいけない! 私達が奴らの隙を作るからそれまで……!」
「邪魔をしないでくれる?」
「ぐあっ!?」
上半身を再生させた二人目のインレが歪に巨大化させた腕で反撃し、巨大な掌でニックを思い切り叩き潰す。
「お前の相手は私じゃないの……間違えないでくれないかしら?」
「ニック君!」
「ぐっ……、大丈夫だ! この程度……っ!!」
「あらあら、目移りはいけないわ勇者さん」
剣を支えにして何とか立とうとするニックの背後に 三人目のインレ がふわりと着地する。
「貴女の相手は私でしょう? どうして別の私のところに行くの?」
「くっ……!」
「邪魔だから早くそいつを黙らせて。もう殺してしまってもいいわ」
「くすくす、まだ早いわ。もう少し遊ばせてちょうだい」
三人目のインレは子供のように無邪気な笑みを浮かべ、ボロボロになったニックの腕を取って無理矢理立ち上がらせようとする。
「……!」
「さぁ、まだ大丈夫なんでしょう? 遊びましょう、勇者さん」
「まぁ、いいわ。好きにしなさい……私はセオドーラと遊ぶから」
「ふ、ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな! お前たちなんか、私がまとめて」
「遊び相手が必要でしたら、此方で用意してあげますわ」
────ギュルンッ
不意に聞こえた女性の冷たい声。
すると二人のインレの足元から無数の黒い腕が伸び、彼女達の身体に纏わりついて影の中に引きずり込んでいく。
「……!?」
「……」「あら、これは……?」
「そんなに遊びたいならこの中で好きなだけ遊んでくださいませ。私達は貴女達の相手が出来るほど暇ではないのですよ」
「お前も……邪魔をする気?」
「邪魔なのはお前達の方ですわ」
「貴女、面白いことが出来るのね。素敵だわ。ふふっ、勇者さんの次は貴女と遊んであげる」
「光栄ですわ。でも、私はお前なんかと遊びたくないのよ」
興奮するドロシーの肩を優しく抱きしめ、マリアは影の中に飲まれていくインレ達に冷たい視線を向ける。再び邪魔をされた二人目のインレは忌々しげにマリアを睨み、一方で三人目のインレは彼女の能力に興味を抱いて楽しげに笑いながら沈んでいった。
「マ、マリア……!」
「落ち着いてください、お嬢様。大丈夫……アル様達は助かりますから。ほら、奥様が急いで走ってきてくれてますわよ」
「そ、そうじゃなくて! 早く二人を吐き出しなさい! あの二人を封じるなんて無理よ!!」
「うふふ、そうでしょうね」
マリアは優しく笑ってドロシーから距離を取る。
次の瞬間、彼女の腹部から白い槍が突き出し、続いて背中が裂けて大量の血液が吹き出した。
「マリア!」
「お気になさらず、私は痛みを感じませんの。見た目よりは長持ちしますわ」
「駄目よ、中から壊されちゃう! 貴女は不死身じゃないのよ!? 早く二人を吐き出して傷を治しなさい! そうしないと……!!」
「ご心配なさらず、私はもう死んでいますので。それよりも、お嬢様はご自分の心配をなさってください」
「……!」
ドロシーはマリアの言葉でハッとする。慌てて後ろを振り返ると一人目のインレがくすくすと笑っていた。
隙だらけのドロシー達を一網打尽にするなど造作もないことだっただろう。それなのに彼女は笑いながら見つめているだけだった。
「ふふっ、こうしてじっくりセオドーラを見れたのはいつぶりかしら。本当に可愛いわね。このままずっと見ていたいくらいよ」
「……ふ、ふざけないで……!」
「さぁ、これでまた二人きりになれたわね。遊びましょう、セオドーラ」
「ふざけないでよっ!!」
ドロシーは自分の周囲に無数の光の剣を召喚し、一人目のインレに向かって射出。インレも同じように剣を召喚してドロシーの剣を迎撃していく。
「このおおおおーっ!」
ドロシーの剣の数が僅かに勝り、インレの身体に次々と光の剣が突き刺さっていく。インレの体勢が崩れたのを見計らってドロシーは右手に魔力を集中させて突撃した。
「全く……ここまで不快な気持ちにさせる女はこの世にいないでしょうね」
「だ、大丈夫なのか、マリア!? 身体中から血が……!」
「勿論、大丈夫じゃありませんわ。大した時間は稼げませんが、それでもやらないよりはマシという程度でしょうか」
「く、くそ……っ!」
「その身体で無理はいけませんわ、ニック様。貴方はもうボロボロでしょう? 休みなさい」
「君が……君が、言うのか……!」
もはや立ち上がれないニックは徐々に傷だらけになっていくマリアを前に己の無力さに打ちのめされる。それでも尚も立とうと足掻くニックに呆れるような視線を向けた後、マリアは静かに空を見上げ……
「はぁ、本当に……貴方がいないだけ。それだけなのに、こんなにも上手くいかなくなるのですね……」
空の上よりも遠くにいる誰かに向けて、寂しげに笑いかけた。
あの人だけが此処にいない