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「……なっ!?」
絶望的な光景にドロシーは戦慄した。
「ふふふ、驚いた顔を見るのは久し振りね。そんな顔も愛らしいわ、セオドーラ」
中央に立つインレが余裕を失ったドロシーを見て満足げに微笑むと、両隣のインレ達が一斉に駆け出す。
「……ッ!」
「大丈夫、私は貴女を傷つけたりしないわ」
「私もよ。安心して、セオドーラ」
「な、何を……!?」
二体のインレはすれ違いざまにドロシーに言う。
インレ達はドロシーに攻撃する事無く通り過ぎ、右腕を剣に変化させてアルマとニックに襲い掛かる。
「「私の相手はお前達よ」」
「さ、三体に増えただと! こんなことが……!?」
「このっ、上等だぁ! やんのか、コラァァーッ!!」
────ガキィィィンッ!
鳴り響く剣戟音。アルマとニックは果敢にインレ達と交戦するが、全力の縦斬りも、速さを活かした横薙ぎも軽くいなされる。
「こんのぉぉぉぉぉーっ!」
「うおおおおおおおおっ!」
二人は全力の攻撃を繰り出すが、インレ達は鼻歌交じりに剣を交えて対処する。
先にアルマが黒刀を折られた上に蹴り飛ばされ、ニックも剣の振り下ろしを回避された直後に放たれた爆発魔法のカウンターで吹き飛ばされてしまう。
「うああああっ!」
「ぐああっ!」
「や、やめてええええーっ!」
ドロシーは慌てて振り返り、アルマ達に追撃を加えようとする二体のインレに杖を向けるが その隙を突いてもう一体のインレが背後に接近する。
「余所見は駄目よ、セオドーラ。ちゃんと私を見て」
「!!」
ドロシーは瞬時に距離を取り、目の前のインレに杖先を向ける。そして無防備なインレに魔法を放とうとするが……
(……だ、駄目! インレは三体いる! 多分、三体同時に吹き飛ばさないと……!!)
ドロシーは魔法を放つ寸前で留まった。
理由は単純、彼女はあの大魔法を一度しか放てない。外せばもう後はない。そして、このインレに魔法を命中させたとしても恐らく意味はないだろう。
「そうね、私が消えても……私はあと二人残っているわね」
インレはくすくすと笑いながら言った。まるでドロシーを挑発しているかのように。
「さぁ、どうするの? 魔法を使えば私は消せるけど、貴女も眠ってしまうわね。あとの二人はどう対処するのかしら? それに、こうしている間も貴女の時間は減っていくんでしょう?」
「……!!」
「貴女の家族に私達を任せる? いいわね、それが最適解よ。貴女はいつも通り、私だけを見ていればいいんだから……二人きりで遊びましょう?」
「インレ……ッ!」
杖を握りしめたまま顔を歪ませるドロシーを見てインレはまた嬉しそうに笑う。
「どうしたの、セオドーラ? ひょっとして家族が信じられないの??」
鼓動が激しくなるドロシーの胸元を指差し、インレは正しく天使のような笑顔で言い放った。
「このっ、ふざけんな! ふざけんなよ、このっ……クソ女ァァァーッ!!」
インレの追撃を回避し、アルマは折れた黒刀を黒いナイフに変化させて投げつける。投げられたナイフはインレの額に突き刺さったが、インレは殆ど怯まずにアルマとの距離を詰めた。
「ねぁ、アルマ。ずっと思っていたんだけど……貴女はどうしてそこまで口が悪いの? 双子のルナはとてもお行儀が良くて言葉遣いも丁寧なのに」
「うるせぇぇぇーっ! お前には関係ねぇだろぉぉぉぉお!!」
挑発にしか聞こえないインレの言葉に激昂し、アルマは彼女の顔面目掛けて強烈な蹴りを放つ。
「関係あるのよ、お馬鹿さん。貴女は私達から生まれたんだから。血を分けた妹が、こんなにもお行儀が悪くて頭も悪い出来損ないだったら傷つくでしょう?」
「何だと、コラ……ああっ!?」
アルマの蹴りを物ともせずに彼女の胸ぐらを掴んで持ち上げ、インレは落胆するような溜め息を吐く。
「こ、このっ! 離せ、クソ天使! 性悪ビッチ! 色白ヒス女ァ!!」
「昔はあんなに可愛かったのに……残念ね。やっぱり、あの男が悪いのかしら」
「あぁ!?」
「気にしないで、アルマ。もうどうでもいい話よ」
インレは冷たい声でそう呟くと鋭い剣に変化した右手をアルマに向ける。
「いい加減、貴女の汚い言葉を聞かされるのも嫌になってきたの」
アルマの胸をインレの剣が貫こうとした瞬間、インレの頭を大口径の弾丸が正確に撃ち抜く。
「んなっ!?」
〈姐さぁぁぁーん!!〉
アルマの危機に勇気を振り絞ったデイジーが機関砲を連射して突撃する。勢い任せに見えて正確無比な射撃はインレの身体だけを蜂の巣にし、アルマはその隙にインレから距離を取る。
〈大丈夫ですか、姐さん!〉
「サンキュー、デイジーちゃん! マジで愛してる!!」
アルマはデイジーが乗るデーアハトの装甲に軽くキスをし、バンバンと叩いて感謝を伝える。
「あはははー! デイジーは本当にいい子だなー! ありがとー!!」
〈あ、あんまり叩かないでくださいよ! 変な拍子にバリバリッて武器に変えられたら洒落になんねーですから!!〉
「大丈夫、大丈夫ー、ちゃんと力は制御出来るから! そんじゃ、二人でアイツらぶっ飛ばそうか」
────ザキュンッ
不意に聞こえた何かを貫くような音。その音はアルマのすぐ近くで聞こえたが、彼女は何が起きたのかわからずに首を傾げた。
「……? 何の音だ?」
〈……姐、さん……〉
「何だ、デイジー。聞こえたか? さっき……」
〈……すみませ、ん〉
「ああ? 何を謝って」
アルマがふとデイジーの身体を見上げると、彼女の全身が地面から生える白い槍に貫かれていた。
「……あ?」
〈……逃げて……〉
まるで魂が抜けたかのように、デイジーが操る黒い鉄塊はその瞳から光を失って崩れ落ちる。
「デイジー……?」
「ねぇ、こんなことを続けて何の意味があるの? 馬鹿馬鹿しいと思わない? 貴女達がどれだけ頑張っても、貴女達の力じゃ私を倒せないの。絶対に。最初からそう決まっているのよ」
「お前、この……お前……ッ!」
「この世界は、この街は、私達の夢の中にあるんだから」
動かなくなったデイジーを前に呆然とするアルマを嘲笑うかのようにインレは彼女の耳元で囁く。
「だからもう諦めて……貴女も眠りなさい。アルマ」
諭すようにアルマの頭を優しく撫でた後、インレは彼女の胸を剣で貫いた。