24
とても間が空きましたが、ようやく更新できました。
「キャサリン……」
「何のためにここまで来たのよ。アンタの知り合いのそっくりさんに会って元の世界に帰る手がかりを掴む為でしょ? 思った通りになったとは思えないけど、アンタの世界に帰れるならいいじゃない」
「……」
「それとも何よ、最後の最後にあたしが恋しくなったって言うの?」
キャサリンはフンと鼻を鳴らして腕を組み、スコットを突き放すような態度を取る。
「悪いけど、何度も振られたら流石のあたしでも冷めるのよね。アンタに取り憑いてる悪魔も本当にヤバい化け物だし、アンタと一緒に居ると命がいくつあっても足りないわよ」
「……」
「あー、アンタの両親? の事なら大丈夫よ。ちゃんとあたしから本当のこと伝えてあげるから。死んだ息子の振りをしたイカレ野郎だってね。もう会うことなんてないんだから別に気にすることないわよね。そもそもアンタとは赤の他人なんだもの」
「……キャサリン」
「じゃあね、スコットのそっくりさん。アンタの新しい彼女によろしく」
言いたいことを言い終えた後、キャサリンはスコットに背を向ける。
「……」
「なんなのだ、あの女は。君の知り合いか?」
「話せば長くなるから、後でな……」
「そうか。だが、あまりゆっくりしている時間はない。この世界への到達を果たしたデ・メンション跳躍籠はぶっつけ本ば……いや、調整不足でまだ不安定なんだ。正常に作動している内に元の世界に戻らないと」
「……わかった」
「? スコット?」
スコットはキャサリンの所に向かう。
彼女は相変わらずこちらに背を向けたままで、近づいてくる足音が聞こえても振り向こうとはしない。スコットはそんなキャサリンのすぐ後ろまで迫り……
「ありがとう、キャサリン」
キャサリンの耳元で囁き、彼女をそっと抱きしめた。
「……聞こえなかったの? 早く帰りなさいよ。あたしはもうアンタのことなんて何にも思わないから」
「ああ、それでいい。俺のことなんて忘れてくれ。そして……幸せになってくれ」
「……言われなくても、そうなってやるわよ。アイツよりいい男を見つけて、結婚して、子供たくさん産んでハッピーな家庭を築いてやるわ。アンタのことなんて明日には忘れてやるんだから」
口ではそう言いながらキャサリンは涙を流していた。
「ありがとう。さようなら」
「いやー、凄いねスコット君。まさか宇宙人とも仲良しだなんて、コロンブスもビックリの偉業だよ」
キャサリンに別れを告げたスコットにウォルターはおちゃらけた様子で声をかける。
「あ、ウォルターさん。心配かけてすみません……それと、どうやら殴り込まずに済みそうです」
「そのようだね。まぁ他に心配事があるとすればあのUFOが壊した建物は古い友人の所有物だってことと、このイーリングがUFOの聖地として有名になったら此処に住む人達が大変だろうなってことぐらいかな」
彼は態とらしく上を見上げて宇宙船に目をやる。
ロンドン郊外ながら治安が良く日本人が多く住み、様々な観光スポットが点在する閑静な住宅街は巨大宇宙船の出現でちょっとしたパニックに陥っていた。
「あー、いやー……これはその……」
「まぁ、それはそれで面白いだろうけどね。ちなみに君が本気で魔導協会に殴り込みにいくつもりだったなら僕は協力したよ。取り戻したいコレクションはいくつもあったからね」
「いや……そこそこ本気でしたけど……まぁ、そうならなくて良かったです。ご迷惑をおかけしました」
「迷惑も何も、僕はただオムレツを食べて話を聞いただけだけどね」
「あはは……」
その仕草、言動の一つ一つがドロシーを彷彿とさせるウォルターにスコットは苦笑いする。
そしてそんな彼にそっと寄り添うルナの姿を見て、その笑みは更に不格好で複雑なものになった。
「もし機会があれば、魔法使いの彼女も連れてまた遊びにきたまえ。君の世界について興味があるし、その彼女にも一度会ってみたいからね」
「……それは少し、考えさせてください」
「その時は、貴方の世界の私も連れてきて。色々とお話したいし、貴方についても、貴方の世界のウォルターについても教えて欲しいから」
「……それも、考えさせてください……それじゃ」
「約束よ?」
ルナは小指を立てて意味深に微笑む。その妖しい笑みに嫌な予感を覚えたスコットは顔中が冷や汗だらけになった。
「あーあ、何よこの締りの悪さ。悲しい別れが台無しじゃないー」
別れを悲しむ余韻すら粉砕され、キャサリンは呆れ果てた様子で言う。
「……えと、何か……ごめん」
「別に、謝らなくてもいいわよ。アンタとはここでお別れだからね、振られちゃったし」
「はは……そうだな」
「……新しい彼女は可愛いの?」
「……まぁ、うん。見た目は……そこそこ……それなりに……」
「アンタはその子が好きなのね?」
「いや……ええと……好きというか……いや、好きってわけじゃ……」
「ふふ、そう……」
彼女への気持ちを素直に言えないスコットに振り返り、キャサリンは彼の唇を強引に奪う。
「ヤモッ!?」
「……ホアッ?」
「……じゃあね、スコット! 精々アンタも幸せになりなさい!!」
キャサリンはくすくすと笑いながらスコットを突き飛ばす。
「キャ、キャサリン!?」
「ヤッ、ヤモオオ────ッ!」
デモスは呆気に取られるスコットを強引に引っ張って光の柱まで運び、船内のヤリヤモ達に合図を出す。すると青い光がスコットとデモスを包み込み、二人の身体がふわりと宙に浮いて宇宙船に吸い込まれていく。
「うおおおっ、な、何だこれ!? ふよふよして気持ち悪っっ!」
「ス、スコット! あの女とはどういう関係なんだ!? さっき君と……!」
「あー、えーっと……えっとね! 話せば長くなるから! また後でね!?」
「いいや、今聞きたい! 今話してくれ! 彼女は君の何なんだ!?」
「そんなの聞いてどうするの!? 君には関係なくない!?」
「関係あるのだ────っ!」
半泣きのデモスに絡まれ、イーリングに住まう大勢のギャラリーに写真を撮られながらスコットは宇宙船内部に消えていった。
「あはは、何よー。アンタ女の子にモテモテじゃないの。彼女以外にもそんなに好かれてるんだから、いつまでも死んだ女のことを引き摺ってるんじゃないの。あたしのことだって……すぐに忘れて、ね」
スコットを回収してイーリングを去っていく宇宙船に向かってキャサリンは小さく手を振る。
どうやら彼女にはロマンチックな別れも、悲劇的な離別も許してもらえないらしい。どうして涙を流していたのかと自問したくなるほど、今の胸中は諦観にも似た奇妙な開放感で満たされていた。
「ありがとう、スコット。さようなら」
だからこそ彼女は最後に言うことが出来た。彼への感謝と、別れの言葉を。
────パキィィィィンッ
彼女が別れを告げると同時に、宇宙船は割れるような音と眩い光を残してその世界から旅立った。
紅茶と新作のお陰です。