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「……あーあ、また来ちまったか。天使様が」
大賢者の命を受け、部下達と共に4番街区に派遣されたジェイムスはうんざりしたように呟く。
「全員、位置に着いたか?」
『……はい』
『はい、ジェイムスさん』
『イツデモイケル』
『大丈夫です、既に遺書も用意しています』
4番街区各所に配置された職員達がジェイムスの通信に応じる。
これから強大な敵との戦闘が始まるのに彼らの表情に緊張の色は無く、絶望もしていない。ただ空に向かって杖を構えているだけだ。
「……一応言っておくが、逃げるなら今の内だぞ。たとえ逃げても責めたりしない……誰だって死ぬのは怖いからな。大賢者様や秘書官への報告も誤魔化しておく」
ジェイムスは部下にそう呟くが、彼らから返答は無い。
「……それじゃ、覚悟を決めようか」
部下達の声なき応答を苦笑いしながら受け止めてジェイムスは通信を切る。
「……誰か逃げましたか?」
「ロイドは逃げなくていいのか? 今ならまだ許すぞ」
「足がすくんで逃げられません」
「それじゃ仕方ないな、遺書の用意は?」
「……済ませてます」
同じ場所に配置されたロイドの肩をポンと叩き、ジェイムスも家から持ち出したコルネリウスの法杖を構える。
「結局、アイツは戻ってこなかったらしい」
「……スコット・オーランドですか。彼は今何処に居るんです?」
「さぁな、少なくともこの世界の何処にもいない事は確かだ。羨ましいね」
ジェイムスは羨ましげに、そして何処か寂しげに呟いた。
「けーっきょく帰ってこなかったなー、あのヤロー」
「……そうっすね」
「ドリーちゃん放ったらかしにして何してんだろなー、なんかさー、マジでさー……」
「……何ですか、姐さん」
「めっっっちゃくちゃムカついてんだけど!?」
「オレもですよ!」
4番街区の広場に陣取るドロシーから少し離れた場所でアルマとデイジーが心底不機嫌そうにボヤく。
いつもは老執事の車に乗って安全域まで退避しているデイジーもデーアハトの亡骸を身に着けて迎撃準備。アルマも地面に大量の黒刀や槍を突き立て、殺気立った顔でギラリと空を睨む。
「なんであんなカッコいいところ見せてあたしを期待させておきながらどっか行くかなぁ!? おかしくねぇ!? 普通はあの後にケロっとした顔で帰ってきてあたしともいい感じになるもんだろ!? 何で帰ってこねえんだよ! ふざけんなよ!?」
「本当ですよね! やっぱりスコットはクソヤローですよ! クソヤロー! ドキドキさせるだけさせといていなくなるとかマジで男として最低ですよ! 殺すしかねえ!!」
「やっぱりデイジーちゃんもアイツ好きなんだな!」
「そうみたいですね、畜生! 死にたい!!」
残された彼女達は目尻に涙を浮かべながら感情を剥き出しにして叫ぶ。もはやデイジーもスコットへの好意を隠せなくなっているようで、最初の混浴時に抱かれておけば良かったと後悔するほどだった。
「何より……あたしの可愛いドリーちゃんを傷物にしたのが許せねぇ!!」
アルマの方もスコットに惹かれつつあるのだが、それよりもドロシーを残して居なくなった事が許容できなかった。
あのドロシーが本気で惚れた初めての相手だというのにこのような理不尽な別れ方は絶対に認められない。だが、そんな彼女の苛立ちは晴れることなく……今日もこの日を迎えてしまった。
「おらぁー! さっさと降りてこいよ、クソ天使共ぉー! 八つ裂きにしてやるぁぁぁー!!」
「蜂の巣にしてやるぁぁぁー!!」
「うううっ、アーサー様……! 私のような役立たずがこの場に居て良いのでしょうか……? アーサー様……!!」
「いえいえ、貴女が居ないと色々と困ります。そんな不安そうな顔をせず、堂々と胸を張ってください」
「ううっ、ですが私は……私は仲間一人守れない役立たずです! 仲間を犠牲に生き永らえた恥知らずです! そんな私にどうしろと言うのですか……!」
空に吠えるアルマ達のすぐ近く。彼女らしからぬ弱々しい言葉を繰り返すブリジットを老執事はひたすら鼓舞していた。
「大丈夫です、私は貴女ほど頼りになる女性を知りません。自分を信じられずとも、どうか私の言葉は信じてもらえませんか? ご存知の通り私は嘘が苦手です。故に私が貴女に贈る言葉は全て真実なのです。だから剣を抜いて立ち上がってください」
「アーサー様……!」
「さぁ、立ち上がってください」
「う、ううっ……!」
スコットが居なくなってからブリジットはこの調子だ。
これでもかなり快復したのだが。我先に剣を抜き放ち、どんなに強大な敵を前にしても堂々と啖呵を切るかつての凛々しい姿は見る影もない。自分を助ける為にスコットがその身を犠牲にしたことがそこまで堪えたのだろう……結局、彼女が負った心の傷は今日まで癒えることはなかった。
「……何ていうか、罪づくりな男だね。スコット君は」
「本当ね。でも、それだけ彼は私達にとって大切な人だったのよ」
「全くですわ、それなのにあの子は何処で何をしているのでしょうね」
切り込み役の後方でルナとマリアの護衛を任されたニックが言う。
無償で提供された協力者の身体に勇者の鎧を着込み、修復された大剣を携えたその姿は正しく異界の勇者。だが、魔王軍をも圧倒する力を取り戻しても彼の心には一筋の不安があった。
「……彼なしで勝てるだろうか? あの化け物に」
……スコットが不在、更に半分以上のファミリーがメンタル面に問題を抱えているという最悪の状態であの天使達と戦わなければならないのだから。




