20
「……」
キャサリンの悲痛な言葉にスコットは何も返せなかった。
思い返せばキャサリンを失った当時の彼は荒んでいた。何度も後を追おうと自殺に走り、その度に青い悪魔に止められる。彼女が居ないというだけで自分を含めた全てが無価値に思え、外の世界に居場所を見いだせずにリンボ・シティに身を寄せた。
それだけキャサリンは彼にとっても特別な存在だった。
「……キャサリン、俺は……」
もしもこのままキャサリンと生きる道を選べるならどれだけ幸せだろう。
もしも何もかも忘れて普通の人間として暮らせるのならどれだけ嬉しいだろう。
もしも彼女と出会う前にこの世界に辿り着けていたなら……
「……また、君に会えた。それだけで良かったんだ」
だが、スコットはそんな可能性を否定するようにキャサリンの肩に手を触れた。
「君が生きている世界があっただけでもう十分だ。君が生きてさえいてくれれば」
「……何よ、それ。生きてるだけじゃ……足りないよ。アンタが一緒に居てくれなきゃ……!」
「俺は、君と一緒には居られない」
「どうしてよ……!」
「俺を待ってる人が居るんだ」
抱きつくキャサリンをそっと引き剥がし、涙が伝う彼女の頬に触れてスコットは言う。
「天国と地獄の両方に……な。その二人を捨てて俺だけ幸せにはなれない」
「……」
「だから、君とはここまでだ」
スコットは様々な感情が入り混じった不器用な笑顔で再び言い放つ。これでキャサリンが諦めてくれる事を祈りながら。
「じゃあ、あたしにも幸せになるなっていうの……? アンタを忘れて、幸せになれると思う?」
キャサリンもまた色んな感情がゴチャ混ぜになった悲しい笑顔でスコットに問いかける。
「……幸せになれなかったら泣けばいいさ。そうしたら優しい奴が慰めてくれる」
「……最低ね、アンタ」
「ああ、俺は最低なんだ。だから……こんな俺なんかに君の大切な人を重ねないでくれ」
「……ッ」
「俺はスコットの代わりにはなれないよ」
自分に想い人を重ねないように。
自分も彼女に想い人を重ねないように。キャサリンの未練を断とうと言葉のナイフを突き立てた瞬間、上空から割れるような音が響く。
「なっ!?」
「きゃああっ!?」
「あ、あれは……」
咄嗟にキャサリンを庇いながら上を向くと、空に浮かぶのは途轍もなく巨大な宇宙船。
「まさか……!?」
突然、現れた見覚えのある宇宙船にスコットは瞠目する。
見間違いようもない。あの船はかつて自分が殴り込んだ宇宙人ヤリヤモ族が有する巨大宇宙船だ。
「はっはっ……、嘘だろ? マジで何でもアリだな、あの宇宙人は!!」
まさかあの世界から直接自分を迎えに来たというのか。
元から何でもアリな超技術の持ち主であったとは言え、自力で異世界転移まで果たすとは。あまりの滅茶苦茶ぶりにスコットも思わず笑みを零す。
「な、何よ、あれ……!? ゆ、UFO~!?」
突然の宇宙船襲来に先程までの涙も引っ込んでキャサリンは驚愕する。
「ああ、知り合いの乗り物さ」
「し、知り合い!?」
「そう、知り合い。後で紹介するよ……ん?」
スコットは感慨深げに宇宙船を見つめるが、ふよふよと空を浮いていたUFOはゆっくりと此方に向かって高度を下げてくる……
「……あれ?」
「ちょ、ちょっと……なんかこっちに来てるけど」
「ちょっとー! おーい、デモスさーん! 迎えに来てくれたのは嬉しいけど、もうちょっとサイズを小さくしてくれないかなー!? そのサイズで降りてこられると……」
ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン……
「あの、どんどんこっちに来るわよ?」
「デモスさーん!?」
スコットの声が聞こえてないのか、巨大UFOは迎えに来た筈の彼を押し潰さんばかりの勢いで落ちてくる。
「ちょっとぉおおおおー!?」
「おい、待て! 止まれ! 止まっ……おいいいいいいいい────っ!?」
陽の光を完全に遮る大きさの鉄塊が落下してくる終末的光景を前に、流石のスコットも思わず自分の死を予感した……
◇◇◇◇
ゴォォォォン……ゴォォォォン……
同じ頃、リンボ・シティでは大きな鐘の音が響き渡っていた。
「……お嬢様、到着致しました」
「ありがとう、アーサー」
重苦しい鐘の音が鳴り響く中、老執事の車から魔法杖を携えたドロシーが降り立つ。
「ドリー……」
「心配しないで、お義母様。僕は負けないわ。アーサー、お義母様をお願いね」
「かしこまりました」
「……今日までありがとう」
ドロシーは心配するルナと老執事の顔を見ることなく一人で歩き出す。
「わかってたよ、お父様。僕はお義母様と違って夢はもう見れないんだって」
寂しげにそう呟き、ドロシーはメイスから借り受けた杖を上空に向ける。
《……リンボ・シティの皆さん、落ち着いて聞いてください。今日もこの日がやって来ました。場所は4番街区。周辺区域にお住まいの皆様はすぐに避難。離れた区域にお住まいの方も事態が収まるまで決して近づかないでください。もし4番街区にお住みの方で、未だに避難が完了していない方は……覚悟を決めてください》
鐘の音に混じって異常管理局の緊急アナウンスが放送される。
「……覚悟ならもうとっくに済ませたわ。素敵な夢も、楽しい思い出も、もう僕には必要ないから」
ドロシーはそう言って晴天の空にぽっかりと開いた天使門を昏い瞳で睨みつける。
異常管理局が伝えたとおり、今日も天使がこの街にやって来たのだ。
エンディングまでは泣かせないよ