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「うわああああーっ!」
シュバリエに貫かれたデ・メンション跳躍籠は悲鳴のような駆動音を上げてバチバチと火花を散らす。ただでさえ安定性を欠いて暴走寸前だった装置は今の一撃が決定打になり、無機質な悲鳴と共に全身から眩い光が漏れ出す。
「ま、まずい! 総員待避ーっ!!」
「逃げろおおおー!」
「ふわああああああ!」
「ヤモーッ!!」
ヤリヤモ達は急いでその場から逃げ出すが
――――バヂンッ!!
一際激しく散った火花を合図にデメンション跳躍籠が放った金色の光は、逃げようとしたヤリヤモ達を容赦なく包み込む。
(ああっ、こんな……! 約束したのに……!!)
金色の光に包まれるデモスの脳裏に最後に浮かんだのは、愚かだった自分を本気で叱りつけてくれたスコットの姿だった。
〈……対象のアストラル反応、を探知。跳躍、座標α……確定済。指定コードに従い……跳躍を〉
光の中で微かに聞こえる機械音声。意識が途切れたヤリヤモ達にその声が届くことはなかったが、声の主は淡々と命令を実行した。
◇◇◇◇
(……そんなに元の世界に帰りたいんだ)
興奮するスコットの姿を見つめながらキャサリンは心の中で呟く。
(まぁ、別に……あたしはアンタがいなくても……)
そう思いつつも、キャサリンの胸中は落ち着かなかった。
キャサリンが愛したスコットは既に死亡しているが、目の前にいるのはそれと瓜二つの姿をした男性。失った彼の代わり……と言うつもりはないが、出来ることなら傍にいて欲しい。恋人になれなくても友人として。
「落ち着いてくれ、スコット君。正気かい? 相手は大賢者だよ? 魔法使いの頂点と言ってもいい存在だ。勝ち目なんてないよ」
「じゃあ、他に元の世界に戻る方法はあるんですか!? あるなら教えて下さい!」
「えーと、うーん……」
「無いんですね!? わかりました、殴り込んできます!!」
「そこまで帰りたいのかい?」
「今すぐにでも!」
だが、スコットの決意は揺るがなかった。
その目はもはや恋人を失って自分の居場所も見失ったかつての無気力な彼ではない。新しい出会いを経て自分の居るべき場所を見つけ、そこへと帰ろうとする確固たる信念が宿っていた。
「ふぅむ、そこまで言われるとねぇ……僕としても手伝いたくなるところだけど」
「貴方の隣に居るのは恋人じゃないの?」
するとルナがキャサリンを指さしてスコットに問いかける。
「……!」
「えっ……?」
「その子は貴方の恋人じゃないの? とても仲良さそうに見えるのだけど……彼女も連れて行くの?」
先程まで静観していたルナに突然そんなことを言われ、スコットは思わずキャサリンの方を向く。
「あ、ええと……キャサリンは違うんです。彼女はこの世界の人間で……死んだ俺の恋人とそっくりですが、彼女は違います。俺の世界には連れて行けません」
スコットに『違う』と言われてキャサリンの肩がビクリと跳ねる。
(……そう、そうだよね。あの時に、きっぱりと振られたもんね)
スコットに悪気は無かっただろうし、ロンドンを訪れる前に彼の口からも直接一緒には居られないと言われている。だから彼女も覚悟はしていたし、その想いも振り払ったつもりだった。
「そ、そうそう! あたしの好きな人は別に居たし! そいつはもう死んじゃったけど……だからって顔が似てるだけのこいつを好きになったりしないわよ!」
ざわめく胸中を誤魔化そうとわざと大袈裟な身振り手振りでその場しのぎの台詞を吐き出す。彼はもう新しい居場所を見つけている。だから自分も受け止めるべきなのだ。
「このスコットは、違うから……!」
彼がまた居なくなるという事実を。
「こ、ここに来たのもノリだから! スコットが寂しそうにしてたからと、気分転換にロンドンで新しい男を見つけたかっただけなの! だから、ぜーんぜん! ぜーんぜん気にしないで!」
「……」
「あ、そもそもここにあたしが居るのも場違いよね! ごめん! 話が終わるまで店の外で待ってるわ!」
「お、おい。キャサリン!」
キャサリンは席を立ち、逃げるように店を出ていった。
(わかってたから! わかってたんだから……!)
店を出てから3歩、4歩と進んだところで立ち止まり、思わずキャサリンは手で顔を覆う。
「何でよ、さっきまで……全然、大丈夫だったじゃん……!」
言われるまで気づけ無かったのか。それとも忘れてしまいそうになるほど浮かれていたのか。まるで止まっていた時間が動き出したかのように彼女の瞳から涙が溢れ出す。
「うっ、うう……!」
「キャサリン!」
「……うううっ!」
心配して外に出てきたスコットの前でキャサリンは我慢できずに泣いてしまった。
「……キャサリン、俺は」
「……わかってる、わかってるから……! わかってるのに……!」
口ではそう言えても、キャサリンの心はそれを認めるほど強くはなかった。スコットへの想いを振り払おうとすればするほど、涙はとめどなく溢れる。
「……本当に……あたしじゃ、その子の代わりにはなれないの……?」
そしてキャサリンはついに我慢していた胸中を吐き出してしまった。
「……キャサリン」
「アンタも、あたしを残して……居なくなっちゃうの? この世界じゃ……駄目なの?」
「……」
「スコットのお母さんや、お父さんになんて言えばいいのよ……あの二人、スコットが生きてると思ってるのよ? アンタ……ちゃんと二人に本当のこと話したの?」
「……いや、話せてない」
「それなら、もうここに居ようよ……!!」
キャサリンはスコットに振り向き、彼の服を掴んで縋るように懇願する。
「アンタのその……怖い悪魔のことは秘密にするからさ……! アンタだってあの二人のこと悪く思ってないでしょ!? 元の世界で辛いことがあったなら……ここでやり直そうよ! あたしを好きなれなんて言わないから!!」
「……俺は」
「あたしだけ置いていかないでよ……!」
スコットの胸に顔を押し付けてキャサリンは消え入るような声で言う。彼女にはもう強がりをする余裕など残っていなかった。どれだけ見苦しくても、どれほど自分勝手だとしても。
キャサリンは愛する男を二度も失うことに耐えられなかったのだ。