18
「此処を訪れた理由はなんだい? スコット・オーランド君」
こちらの目を真っ直ぐ見つめながらウォルターは言う。
「……魔法使いに会いたかったんです」
少し沈黙した後、スコットは答えた。
ロンドンに訪れたのはこの世界のドロシーに会えるかもしれないと思ったからだ。この世界のドロシーが魔法使いだという確証はなかったが、彼女に会えば何かが変わるかもしれない。
そんな微かな期待がスコットをこの場所に向かわせた。
「会いたかった魔法使いは僕じゃないんだね?」
「……はい。でも、貴方に似た人だったのは確かです」
「はは、そうか。それじゃ、もしも僕がその魔法使いだったとして、君は何をお願いしたかったのかな?」
「元の世界に戻る方法を教えてもらおうと思っていました」
「……ッ」
スコットの言葉にキャサリンは反応する。
思わずテーブルに落としてしまったナイフとフォークを拾い上げ、下手な口笛を吹きながらその場を誤魔化す。
「元の世界とは、君のいた世界のことだね? 君はその世界に帰りたいと」
「……はい」
「なるほど、わかった」
「……戻る方法はありますか?」
「無いわけじゃないさ」
話を聞いたウォルターはニコリと笑うと、何処か含みのある言い方で答えた。
「ほ、本当ですか!?」
「まぁ、少し落ち着いてくれ。確かに異世界に行く方法が無いわけじゃない。ただ物凄く危険な方法でね」
「構いません! すぐに教えてください! 危険なのは慣れっこですから!」
「だけどね」
「教えてください、ウォルターさん! 元の世界に戻る方法は!?」
「あー、うん。僕が発明した空間連結システムを応用した試作型魔導具を起動すれば短時間だけこの世界とは違う世界と繋がる【穴】を発生させることが出来るんだが」
「じゃあ、それを使わせてください!」
元の世界に戻れる方法がある。それを聞いた途端にスコットは立ち上がり、興奮気味にウォルターを問い詰める。
「その魔導具を大賢者に没収されてしまってね」
ウォルターは申し訳無さそうに言った。
「はぁぁぁぁぁぁーん!?」
「いや、世界を繋げること自体は問題なかったんだけど【穴】の中から大怪獣が出てきてね。それで魔法界側のロンドンに結構な被害が出ちゃって」
「何でだよ!?」
「幸い死傷者はゼロで怪獣は僕が責任をもって退治したけど、罰としてその魔導具と僕の大事なコレクションの殆どを接収された上に魔法界からの永久追放を言い渡されちゃってね」
「何でだよおおおお!?」
頬をポリポリと掻きながらウォルターが口にした洒落にならない発言にスコットは嘆くしか無かった。
「……また同じものを作ったりは出来ないんですか!?」
「もし作ったら今度こそ処刑されちゃうね。それに設計図は頭の中にあるけど必要な素材は魔法界でしか調達出来ないし、すぐには集まらないものばかりだし」
「……」
スコットは数秒俯いて考え事をした後、何かを決心したかのようにガバッと顔を上げる。
「その道具があるのは、大賢者さんの家ですか?」
「そうだね。家というか、魔導協会総本部っていう名の要塞だけど」
「……じゃあ、そこまで案内してもらえますか?」
「え?」
「案内してもらえるだけで結構です。後は俺だけでやりますから」
ウォルターは『いきなり何を言い出すんだ』とでも言いたげにスコットを見るが……彼の目は本気だった。
◇◇◇◇
「ディフォルテ・メンションアンカーが安定しない!」
「装置の出力が想定値を大きく上回っている! このままじゃ危険だ!」
「ヤモーッ! ヤモオオーッ!」
「たいへんだーっ!」
場所は変わってとある世界。星を渡る船にして最後の住居である巨大UFO内部でヤリヤモ達がとある装置の起動実験をしていた。
「だが、これに懸けるしかない! 彼を連れ戻すためには、もうこのデ・メンション跳躍籠に頼る以外に方法はないんだ!!」
デ・メンション跳躍籠とはかつてヤリヤモ族が開発した此処とは異なる地に転移するドーム状の装置だ。
母星で開発したものよりも小型化しているがそれでも大部屋を丸々一つ独占する程の大きさで、起動に成功すればこのUFOに搭乗するヤリヤモ全員を異世界に転移させることが出来る……
ビェーッ! ビェーッ! ビェーッ!
「うわーっ!」
「あわわわっ! 装置の影響で船の周囲の空間が不安定になってるぞー!」
「あーっ! アラームの音でシュバリエが起きてしまった! 休眠ブロックから一斉に此方に向かってきてるぞー!!」
「ふああああっ!」
「やばいよ、やばいよーっ!」
……筈なのだが、彼女達の高度な技術力を持ってしても別の世界に転移するのは簡単ではないらしく完全起動に成功した事は一度もない。不完全に起動した装置を使った転移実験は全て失敗しており、今まで多くのヤリヤモが犠牲となった。
「……くっ、折角、彼の居場所を特定出来たというのに……!」
デモスはマリアに託された小瓶を握りしめて悔しそうに呟く。
大部屋に浮かび上がるスクリーンには異世界の街が映し出されており、思ったより居心地が良さそうな街並みに何処か見覚えのある飲食店の外観までもハッキリと見て取れた。
彼女達はスコットが居る世界を見つけ出していたのだ。
「こ、このままではこの船ごと消えてしまう! やはりまだデ・メンション跳躍籠の起動は不可能だ! 急いで停止させる!!」
「あの別種族のいる世界の特定は完了した! 今はそれで十分だろう! まずはこの事をドロシー達に報告して」
────ガチャンッ。
「「「!?」」」
ふと聞こえた鉄靴を踏みしめるような音。
ヤリヤモ達が一斉に振り向くと、そこには休眠状態から目覚めた戦闘生物シュバリエがキリキリと不気味な音を立てて此方を見つめていた。
「な、何だ!?」
「どうしてしゅばりえがここにー!?」
〈ビッ、ビッ……〉
「ま、まま、まずい! シュバリエは装置をこの船を脅かす危険因子だと判断しているぞ!!」
「なんだってぇー!?」
〈ピピーン!〉
「だ、駄目だーっ! やめろーっ!!」
シュバリエの生体コンピュータはデ・メンション跳躍籠から発せられる膨大なエネルギーを危険だと判断し、即座に優先破壊対象と断定。ヤリヤモ達の静止する声も聞かずに両腕を剣に変形させて飛びかかった。
「「「あ────っ!!!」」」
大部屋に響き渡るヤリヤモの絶叫。
銀色に煌めくシュヴァリエの鋭い刃がテ・メンション跳躍籠に深々と突き刺さり、損傷した装置から発せられる紫電がバチバチと音を立てて薄暗い室内を駆け巡った……
安心と信頼のトラブルメーカー