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風邪を引いても紅茶を飲めば治ります。紅茶 is 万能薬。
「え、えーと、それは……」
「ん、恋人か不倫相手なんじゃない? スコットはこう見えて女に好かれる男だから」
「ほぶぅおっ!?」
弁明を試みる傍らでキャサリンが呟いた言葉はスコットに深々と突き刺さった。
「ちょ、まあああああーっ!? 何言ってんの!? 何言ってくれてんの、ちょっとおおおおー!!?」
「あ、このオムレツおいしー! ちょっとオジサーン、やるじゃないのー! 凄く美味しいわよ!」
「ねぇ、聞いてる!? キャサリンさん!?」
顔中にドッと汗をかいてこちらに詰め寄るスコットを無視し、キャサリンは上機嫌にオムレツを食べる。
「キャサリンさああああん!? 今の取り消してくれるううー!? 俺とルナさんはそんな関係じゃないからああー!!」
「もしかしたら向こうだとあのメガネさんが死んでて、アンタは」
「それ以上はいけない! おい、マジでやめろ!」
「……ははっ、そうか」
取り乱すスコットを見て何かを悟ったのか。ウォルターは小さく笑ってナイフとフォークを置く。
「君の世界だと、彼女の隣に僕はいないようだね」
「え、ええと、それは……」
「隠さないでいい。正直に話してくれ」
「……あ」
そう言って穏やかな笑顔を浮かべるウォルターを見て、スコットはようやく思い出す……
『あの写真に写ってるのは誰ですか?』
『ふふん、よく聞いてくれました』
ウォルターズ・ストレンジハウスに入社して間も無い頃。リビングに飾られていた写真について聞くと、ドロシーは誇らしげに胸を張って答えた。
『あの人が僕のお父様。ウォルターズ・ストレンジハウス先代社長のウォルター・バーキンスよ。ちゃんと覚えてね』
『へー……あの人が社長の……。まだ会ってませんが、今は何処に?』
『死んじゃったわ、もう何十年も昔にね』
その名前に聞き覚えがあるはずだ。彼を見た時に抱いた既視感はそれだったのだ。
写真の中で優しげに微笑む眼鏡の男性こそが、あの世界のウォルターだったのだから。
(……って、マジかよ! お父さんかよおおおおお!?)
他の面々の存在感が濃すぎて記憶の片隅に追いやられていた先代社長にしてドロシーの父親。それが目の前に居ると認識した途端、スコットの心拍数は更に跳ね上がった。
「……あの、俺の世界だと……貴方はとっくに死んでます」
「……あら」
スコットの言葉に少なからずショックを受けたのか。この世界のルナはウォルターの方を見る。
「ははは、そうか。そっちだと僕は死んでいるのか」
ウォルターは特に気にする様子もなく、ルナの肩にそっと手を回した。
「そう……貴方は死んでしまうのね」
「ははは、ルナくん? こっちの僕は死んでないよ? だからそんな悲しそうな顔はやめてくれ」
「貴方が死んだら耐えられないわ。私もすぐに死なないと……」
「ルナくーん? 僕の話を聞いてたかい? 僕は死なないからね?」
「死んだら天国でまた会いましょうね、ウォルター」
「ははは、ちゃんと僕の話を聞いてくれないか?」
弱々しい声でウォルターとの別れを悲しむルナ。そして彼女を慰めるウォルターを見てスコットの胃は悲鳴をあげる。
(すいません、ホントすいません。向こうのルナさんに手を出して本当にすいません。いや、俺は全力で抵抗したんですけどね。本当に申し訳ありません……)
鮮明にフラッシュバックするルナとの秘密の時間。あの世界のルナはウォルターの事を愛していたのだろうかと思うと胃の痛みは更に深刻になっていく……
(あと、貴方の可愛い娘さんに手を出して本当にごめんなさい!)
そして言いたくても言えないことをズタズタな胸中で叫び、スコットは両手で顔を覆って涙した。
「う、ううっ……!」
「あ、えーと……ひょっとして言わない方が良かったかしら?」
「……むしろどうして言ってもいいと思ったんですか、キャサリンさん……!? 人の心が無いの!?」
「えっと……何か、こう……ごめん」
流石にマズいと思ったのか、申し訳無さそうに言うキャサリン。
レンのように思ったことは包み隠さず口に出す彼女が着いて来た時点で薄々こうなることはわかっていたが、やはりメンタルダメージは大きい。力はあっても無駄に繊細なのがスコットなのだ。
「ま、まだ挽回できそう? ワンモアチャンスプリーズ?」
「もう無理だよ……見ろよ、あの二人を。これ以上は俺も辛いよ、耐えられないよ」
「そ、そんなこと言わないでよ! 大体、下手に誤魔化さずに正直に話す方がいいでしょ!? ていうか、アンタはあの人になんて言おうとしてたの!?」
「……全力で誤魔化そうとしてたよ!」
「駄目じゃん!」
情けない顔でそんな事を言うスコットにキャサリンは突っかかる。良くも悪くも正直な彼女だからこそ、スコットは本気で愛したのだろう。
「えー、じゃあつまりー!? スコットは未亡人に手を出したってことね!?」
「やめろぉ! 俺は本当に知らなかったんだ! 俺が寝ている部屋に彼女が忍び込んできて知らない間に……!!」
「本当は逆なんでしょぉ!?」
「ちげーよ、バカヤロー! キャサリンと一緒にすんな!」
「何よー! あたしだったらそうするけど、それとこれは話が別でしょ!」
「ふっ……ははっ、はっはっはっは!!」
仲良く言い争う若い二人を見てウォルターは堪えきれずに手を叩いて笑い出す。
「はははっ、はははははっ! いやー、面白い! 面白いよ、君! 気に入った!」
「……へ?」
「はははは! まさか僕が死ぬとはね! 死因は事故死かな? それとも痴情の縺れ? 病死? 逆恨み? いやはや、どれもこの世界じゃ無縁のものだけど君の世界の僕は違ったようだ。とても残念だけど、少し羨ましくもあるね」
「ええと……詳しい死因は、知りません。すみません……」
「ははは、構わないよ。君の世界については何も知らないが、別世界のルナが選んだ男だ。返答次第じゃ犬の餌にしてやろうと思ったけど気が変わったよ」
ウォルターは再び両手を組み、先程までとは違う真摯な態度で言う。
「話を聞こう、スコット・オーランド。きっと何か目的があって此処まで来たんだろう? 探していたのは僕じゃないだろうが相談に乗るよ」
スコットの慌てふためく姿がよほど滑稽だったのか。それとも面白い話が聞けたからか。ウォルターはスコットの青い瞳を見つめながら聞いた。
まるで依頼人に話を聞く、仕事中のドロシーのように。