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「ほあああああっ!?」
「不思議ね、貴方とは今日初めて会ったはずなのに」
ルナにいきなりそんなことを言われてスコットは奇声をあげる。
「……へえ?」
ウォルターもルナの発言に眼鏡を曇らせる。
ドロシーが興奮した時のように頭頂部のアンテナをピンと立て、コートに右手を忍ばせた。
「君、少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
「あ、あの、俺……」
「へえ……あたしに内緒でこんな美人と寝てたんだ? やるじゃないの、スコッツちゃん」
「キャサリンやめて、マジやめて。神に誓ってこの人には手を出してないから」
眉を顰めるキャサリンに弁明しようとするスコットの肩をポンと叩き、ウォルターはニコリと笑った。
「そうだ、お腹空いてないかい? これから友人の店に寄ろうと思ってるんだが、もし良かったら一緒に来ないか? 安心してくれ、味は保証するよ」
「え、遠慮しま」
「まぁまぁ、ここで会ったのも何かの縁さ。君と会ったのは今日が初めてだけど運命的なものを感じるんだ。僕達はきっと良い友人になれるよ」
身の危険を感じたスコットはウォルターの誘いを断ろうとしたが、ドロシーを彷彿とさせる強引な言い回しに圧され渋々彼に同行した……
「この店のオムレツは絶品なんだ。ロンドンに来たなら是非食べていって欲しい逸品だよ」
先程、スコット達も訪れたタクロウの店をウォルターは誇らしげに紹介する。
「人生最後の晩餐にもピッタリな極上のオムレツさ」
「えっと……この店は今日定休日ですけど」
「常連限定で休日でもオムレツを焼いてくれるんだ」
「この店の店長さんについさっき追い払われたばかりなのよね、あたしたち……」
「君があまりにも美人だから照れちゃったんだろうね。綺麗なお嫁さんがいるけど、まだまだ美人に弱い初心なボーイなんだよ」
ウォルターはそう言ってドアをコンコンとノックする。
「……」
続けて何度かノックするが中から返事はなく、ドアの鍵が開く気配もない。
「ははは、いつもはすぐ開けてくれるんだけどね」
ウォルターはくるりとスコット達に振り向いてニコっと笑う……
(あれ、このシーン……物凄い見覚えがあるんだけど……)
スコットはウォルターの一挙一投足に強烈なデジャブを感じていた。
あの特徴的な癖毛と眼鏡、そしてロングコート。性別や外見こそ異なるが彼の行動はドロシーとあまりにも酷似しており、声のトーンや喋り方も似ている。顔立ちも何処と無く似通っており、男性化したドロシーという表現が彼にはピッタリと当てはまった。
「あー、うん。申し訳ないが君達は少し後ろを向いてくれないか?」
「? どうして?」
「いやー、別に見られたままでもいいんだけど。その場合は」
ウォルターはコートの内ポケットから細い木の棒を取り出してドアの鍵穴に向ける。
「今見た事は他言無用でお願いするよ」
────カキンッ。
一瞬、棒の先端が黄色く発光したかと思えば、鍵穴から何かが嵌め合うような小気味よい金属音が鳴った。
「!!」
「え、何? 今、何かしたの?」
キャサリンはウォルターが何をしたのかわからなかったが、スコットはすぐにわかった。
彼は 魔法 を使ったのだ。
「よく見えなかったならいいんだ。気にしないでくれ……」
ウォルターが上機嫌にドアノブに手をかけると、先程まで動かなかったドアノブがくるりと回って固く閉ざされていたドアが開く。
「さぁ、中へどうぞ」
勝手に店のドアを開けてウォルターは店内へと手招きする。
スコットは身震いした。ルナと同行していた時点でひょっとしてと思っていたが、まさか彼がそうだとは。店の窓をくり抜いて出入り口にしていた彼女に比べるとかなり紳士的だが、定休日の店の鍵を堂々と解錠して悪びれることなく侵入。そしてこの笑顔。間違いなく彼がこの世界の特異点だ。
(でも、男かよ……!)
しかし喜べはしなかった。もし会えたとしても別人だと割り切ってはいたが、まさか見た目や性別まで違っているとは。腹を抱えて大笑いする神の姿を幻視しながらスコットはガックシと肩を下げた。
「ええっ!? ちょっと、勝手に開けちゃっていいの!?」
「いいんだ。ここは僕の親友のお店だからね。魔ほ……いや、ピッキングして強引に鍵を開けても笑って許してくれるよ」
「で、でも……」
「いいからいいから。さぁ、遠慮せずにおいで。タクロー君、お客様だよー!」
「オアアアアアァァァァァァァァァ────ッ!!」
突如響き渡った猿叫のような奇声。薄暗い店の奥から大きな影が凄まじい勢いでウォルターに接近し……
「やぁ、タクロー君。大人四人で」
「ざっけんな、出ていけゴラァァァァァァァァーッ!!」
助走をつけた渾身の右ストレートで不法侵入者の眼鏡を殴り飛ばした。
「おぶはーっ!」
タクロウの右ストレートをまともに食らったウォルターの身体は人形のように軽々と吹っ飛び、スコット達の頭上を錐揉み回転しながら飛び越えていった。
「きゃああーっ!?」
「あらあら」
キャサリンは突然の出来事に悲鳴を上げ、ルナはさも見慣れた光景であるかのように飛んでいくウォルターを優しい笑顔で見送る中……
(ああ……うん)
(社長だ……)
スコットは揺るぎない確信にも似た諦観のようなものを懐き、気の抜けた不格好な笑みを浮かべた。