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「……一応、聞いておくか」
「や、やめとこうよ。なんだか怖いよあの人……」
「いや、そのためにここに来たんだ」
キャサリンの制止を振り払ってスコットは大柄の男性に振り返り、ペコペコと頭を下げながら彼に近づく。
「ス、スコット……!」
「あの、えーと……さっきはすみません。本当に悪気はないんです……ごめんなさい」
「……あ、そう」
「その、こんなこと聞くなんて変だと思われそうですが……い、いいですか?」
「何だよ?」
すーっと深呼吸して少し心を落ち着かせた後、スコットは彼に聞いた。
「あの、知り合いにムカつくくらい可愛くて生意気な金髪の魔法使いとかいませんか?」
「いねぇよ、そんなもん」
大柄の男性は即答した。
スコットのふざけた質問で更に苛立ったのか、彼の表情は一層恐ろしいものになってしまう。
「あ、えっと……じゃあ知り合いに金髪の女の子はいませんか!? アンテナみたいな癖毛のある小柄で眼鏡をかけた……」
「いないいない! 人探しなら警察を頼れ!」
「ほ、本当にいないんですか!? タクロウさん! 金髪の魔法使いですよ! いつもキャメル色のロングコートを着てて……あなたの作るオムレツが大好きな!」
「知らん! アトリさん、もう店に入ろう!」
「あ、ええとっ……!」
「さぁ、入って入って! これ以上、アイツとは関わらない方が良さそうだ!!」
知りもしない誰かの事を聞こうとするスコットに嫌気がさし、大柄の男性は店の鍵を開けて妻と一緒に中に入る。
「タクロウさん!」
そしてドアに鍵をかけ、彼を拒絶するように店の窓をカーテンで覆った。
「……」
「ほら……だから言ったじゃん」
「……まぁ、何もかもが一緒なはずないよな」
「……元の世界だとあの人と仲良しだったの?」
「……ああ」
消沈するスコットの肩をキャサリンはポンと叩く。
「それにしてもいきなり魔法使いはないんじゃない? アンタのところじゃ珍しくないのかもしれないけど、あたし達の世界じゃファンタジーの住人よ」
「ハァ……そうだよな。本当に、何を考えてたんだか……」
「もー! 元気出しなさいよ! まだロンドンに着いたばかりなのに諦めるの早いわよ!?」
キャサリンはスコットの手を抱き寄せながら路地を歩く。
「お、おい、キャサリン」
「ひょっとして本気で諦めてたんじゃないわよね? わざわざロンドンに来てまで会いたかったんでしょ? それなのにこのくらいで諦めたりしないよね??」
「……ははっ、そうだな」
キャサリンの言葉でスコットは気持ちを切り替える。
そうだ、諦めるにはまだ早すぎる。彼がこのロンドンにやってきたのは此処に来れば彼女に会えるという予感がしたからだ。ならば諦めるわけにはいかない。彼の居場所はもう彼女の隣にしかないのだから。
「それにしても、もう新しい彼女見つけてたのね。アンタのことだからずっと引き摺ると思ってたけどー」
「……今でも引き摺ってるぞ? それに、あの人はまだ彼女じゃない」
心のなかでは彼女を求めながらもスコットはそんなことを言う。
「本当かしらー?」
「本当だよ。どちらかというとあの人のお母さんの方が好みだ」
「えっ、お母さん? ちょっとアンタ……」
「誤解するなよ!? どちらかというとだから! どっちも美人だけど中身がヤバいから! それにいくら美人でも娘のいる未亡人に手を出したりしねえよ!!」
顔中に汗を滲ませながらスコットは弁解する。実際はその母親とも一線を越えた関係になりつつあるのだが、流石にキャサリンには話せない……
「ふーん、じゃあまずはそのお母さんから探してみる?」
「やめろって! 大体、その人はあんまり外を出歩かない人なんだよ!」
「ねぇ、ウォルター。今日はこれからどうするの?」
ふと耳に入ってきた聞き覚えのある優しい声にスコットは思わず足を止めた。
「……え!?」
「うーん、そうだね。ここはやっぱりあの店にお世話になろうか」
足を止めた彼のすぐ隣を横切るカップル。
淡い茶色の頭髪にそそり立つアンテナのような特徴的な癖毛。銀のフレームが目を引く丸眼鏡。そして見覚えのあるキャメル色のロングコートを羽織った青年は連れ添う女性に優しく笑いかける。
「そうね、そうしましょう。あのお店の料理は美味しいもの」
そして眼鏡の男性が連れる女性。
透き通るような白い髪のツインテールに青い瞳。妖精のように美しい顔立ち。その幻想的な美貌をより一層引き立てる白地のフリルワンピースを着こなす美少女の姿を目にしてスコットは思わず叫んだ。
「ルナさん!?」
完全に無意識だった。
彼女の姿を見た途端、見知らぬ男と幸せそうに歩く彼女を見た瞬間、彼の口からその名が飛び出した。
「……あっ!」
「あら?」
すぐにスコットは口を抑えたが彼女には聞こえていたようだ。彼女は足を止めて此方を振り向く。
「あ、ええと……!」
「おや、ルナの知り合いかい?」
「いいえ、知らない子だわ」
「す、すみません! えっと……し、知り合いとそっくりだったから……!」
「ふふ、そうなのね」
ルナはスコットの近くに歩み寄り、顔を近づけて興味深そうに彼の身体を観察する。姿と声はスコットの知るルナと殆ど同じだが頭に兎の耳は生えておらず、左手の薬指に指輪を嵌めていないなど細かな違いがあった。
「ちょ、ちょっとスコット……! いきなり大声で呼び止めちゃ駄目でしょ!」
「す、すみません! すみません! びっくりさせちゃって……!」
「何だい、ルナ君? 彼が気になるのかい?」
ルナと一緒にいた眼鏡の男もスコットの方に寄ってくる。この男性もどこか見覚えがあるがよく思い出せない。それに今はルナが気になってあまり男の方に意識が向けられなかった。
「ええ、ウォルター。この子、すごく面白いわ」
「あ、あの……」
「へぇ、どうしてだい?」
「ふふふっ」
ルナは焦るスコットの顔を見つめながら優しく微笑むと……
「だって、この子の身体から私の匂いがするんだもの」
彼の胸を細い指先でそっと撫でながら、その場の空気が凍りつくような一言を口走った。
やったね、ようやくヒロインのご登場だよ!