11
歴史を感じさせる重厚な建物の数々、気品を感じさせるオシャレな町並み、世界中から集まった観光客……
「……はぁー、ここがロンドンか。凄いな」
かの世界ではもはや存在しない世界都市ロンドンに降り立ったスコットは、目の前に堂々と聳え立つウェストミンスター宮殿を見上げながら感嘆の声を漏らす……
◇◇◇◇
この世界にもドロシーが居るかもしれない……そう思った瞬間にスコットは迷わず行動した。
『……キャサリン、俺の部屋の合鍵は持ってるか?』
『……え?』
スコットはまずこの世界のスコットの部屋に向かう。
やはり元の世界で使っていた部屋と同じで、住所どころか部屋番号、家具の並べ方、部屋の散らかり具合までそっくりそのままだった。
『……あった、これだ』
『パスポート? まさか、アメリカから出ていくの?』
『ああ、ここに俺の居場所は無いからな』
棚に入れたまま放置されていたパスポートと保険証をポケットに入れ、スコットはキャサリンの肩に優しく触れる。
『……君とは、ここでお別れだ。俺と君は住む世界が違うし、お互いに別の相手の事を想ってる。だからここで別れよう』
『……』
『……すまない。でも本当に俺はあふぁっ!?』
別れを告げるスコットの顔面にキャサリンは強烈なビンタを食らわせた。
『……言われなくてもあたしはアンタなんか好きでもなんでもないわよ』
『……そうか』
『甘く見ないでよね。アイツとそっくり同じなだけのアンタが好きになるほど……安い女じゃないのよ』
キャサリンは愛する男の生き写しに背を向けてキッパリと言う。
『……合鍵はテーブルに置いていくよ』
『……』
『ありがとう、キャサリン』
『……待って』
スコットはキャサリンに礼を言って部屋を後にしようとしたが、すぐに呼び止められる。
『行き先くらい……教えていきなさいよ』
『……ロンドンだ』
『……何の為に?』
『社長を探しに』
ロンドンに向かう理由を尋ねられ、スコットはポリポリと頬を掻いて何とも言えない表情で答えた。
キャサリンと別れた後に両親が泊まっているホテルを訪ねてお金を借り、翌朝に両親と共に国際空港へ向かう。両親の説得には苦労したが、洗練され尽くした土下座芸で親の情に訴えかけ続けることで何とか許しを得ることが出来た。
『……本当に行くの?』
『ああ、もう決めたことなんだ』
『……スコットがそこまで言うならもう何も言わないさ。ただし無茶はするなよ? 少しでも辛いと思ったらいつでも戻ってこい』
『ありがとう、父さん。母さんも……本当に、二人にまた会えてよかった』
スコットは別の世界の両親に心からの感謝を伝えてフィラデルフィアを発った。
二人はスコットの姿が見えなくなるまで手を振っていたが、本当の両親ではないという事実が胸に引っかかっていたのか。本当のことを伝えられなかった後悔か。あの二人に振り向くことも出来ず逃げるように空港に駆け込んだのだった……
「……結局、あの二人に本当の事は言えなかったな。いや、言った所で信じられなかっただろうし……」
「何これ、まっず……! よくこんなの売り物に出来るわね! 近所のフライドチキンの方が100倍マシじゃないの!!」
申し訳無さに胸を傷ませるスコットの隣で、キャサリンはロンドン名物フィッシュ・アンド・チップスに文句を垂れ流していた。
「あー、気持ち悪くなってきたー! もう食べられないから、アンタが代わりにコレ食べてよ!」
「……何で着いてきたんだよ、キャサリン」
ハッキリと別れを告げた筈なのにアメリカから遥々イギリスのロンドンまで同行してきたキャサリン。スコットは思わず頭を抱え、魂が抜けるような溜め息を漏らした。
「別にアンタに着いてきたわけじゃないわよ。折角あの仕事を辞められたんだから気分転換ついでに新しい男を探しに来ただけ」
「……ソウデスカ」
「何か文句でもあるの?」
「……ゴザイマセン」
もっとキツく突き放すべきだっただろうか。
中途半端な自分の甘さに辟易しながらフィッシュ・アンド・チップスを受け取り、徐ろに口の中へと放り込んだ。
「……うん」
「ねー、まっずいでしょ!?」
「まぁ……そこまでまずいってわけでもないけど。美味くはないな……」
新聞紙に包まれた魚のフライにフライドポテトがセットになった見た目は美味しそうな料理だが、どうも味はいまひとつだった。一口二口食べた所でキツくなり、スコットは無言で包み紙を丸める。
「……あの街の飯は美味かったんだなぁ」
「あの街って? アンタが住んでたところ?」
「……そう、リンボ・シティ。俺の世界じゃその街がロンドンの代わりなんだ」
「代わりってどういう意味よ」
「そのままの意味。ロンドンが無くなって、その代わりに出来たのがリンボ・シティなんだよ」
「無くなったって……イギリスがアメリカに喧嘩売って返り討ちにあったとか?」
「それならまだマシ。文字通り世界から消えたんだ、空に開いた黒く大きな穴に飲み込まれてな」
スコットが空を指差しながら呟いた言葉にキャサリンは目を細める。
『何いってんの、アンタ』とでも言いたげな彼女の表情に懐かしさを感じ、スコットは小さく笑ってしまった。
「ははっ、そりゃ信じられないよな。こっちじゃ異界門なんて開いたことないだろうし、異人も居ないしな」
「ゲイトって何よ? ワンダーって?」
「異世界と繋がる穴と、異世界から来た人間のこと。だから……この世界にとっちゃ俺も異人になるかな。まぁ色んな奴らが居たよ。魔法使いに、兎の耳が生えた人に、吸血鬼に、エルフにサイボーグ……」
「……もしかしてアンタの世界のあたしって」
「残念、普通の人間だったよ」
向こう側の自分について聞こうとしたキャサリンにスコットは笑顔で答えた。