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「……どうしてそう思う?」
「そんな気がしただけよ」
「……」
「でも、図星みたいね」
切なげにこちらを見上げるキャサリンから逃げるようにスコットは上を向く。
彼女と結ばれる世界もあるだろうと信じていた。
異界門の発生で異世界の存在が物理的に立証されて早100年。キャサリンを失ったスコットはふとこんなことを考えるようになった。
この世界の自分と違い、キャサリンと結ばれたスコットもいるだろうと。
だが、この世界はそうならなかった。
キャサリンが生存した代わりにスコットが死亡してしまった。残されることの辛さを嫌というほど味わった彼は、キャサリンが生きていて良かったというおめでたい思考に行き着くことなどできない。
「……じゃあ、今はこう考えてみようよ。そっちの世界じゃ悲しいことになったけど、こっちで幸せになればいいじゃんって」
「無理だな」
「……即答しないでよ」
「……無理だよ」
そしてこの世界のキャサリンを選ぶこともできない。
「君は俺を見てないし、俺も君を見ていない。俺が好きだった女は君にそっくりな別人で、君を好きになった男も俺にそっくりな誰かなんだから」
スコットは肩にもたれるキャサリンから少し距離を取り、絞り出すような声で呟いた。
「……そう、ね」
その言葉でキャサリンもようやく彼が別人だと受け入れたのか。そっと座り直してスコットに触れていた左肩を擦る。
「……あたしのスコットがどうなったか、ケビンは何か言ってた?」
「……きっちりトドメを刺した、とさ」
「……そっかー、やっぱり……やられちゃってたかぁ」
キャサリンも空に悲しげな笑みを向ける。
笑顔が素敵な彼女らしからぬ頬が引き攣った不格好な笑みはすぐに崩れ、熱いものが溢れる前に目を両手で覆った。
「……知ってたよ……そんなの」
「……」
「ケビンがあたしに手を出した奴を見逃すはずないって、知ってたよ……! 知ってたけどさ……!!」
「……」
「……それでも……まだ、まだ生きてるって、信じたかったのよ……!」
悲しげな声を漏らすキャサリンの隣でスコットは黙り込む。その視線はずっと青い空の先を見つめ、悲しむ彼女に向けられることはない。
「だから、やめとけって言ったの! こんなあたしなんてほっとけって……あたしよりいい女は沢山いるって……言ったのに……!!」
「……」
「ううっ、ううううううっ!」
キャサリンも本気でスコットを愛していたのだろう。
どのような出会い方をしたのか、どんな日々を過ごしたのかはわからない。それでもかつての自分のように親密な関係になっていたのは間違いない。
「……君よりいい女なんて、他にいなかったんだろうさ」
嘆き悲しむキャサリンにスコットは重い口を開いた。
「……!」
「今もそうだ。他にいなかった……だから俺は、死にたかったんだ。いなくなった彼女に会いたくて何度も何度も死のうとした。結局死ねなかったけどな」
「……何よ、死ねなかったって。つまり、アンタは死ぬのが怖かったってことでしょ……」
「いや、本当に死ぬつもりだったよ。コイツが死なせてくれなかっただけさ」
キャサリンが涙を拭いながらスコットを見ると、彼の足元の影がまるで角の生えた悪魔のように不自然に変形していた。
「……悪魔に、好かれてるから? アンタに取り憑く悪魔がそうさせてくれないの……?」
「死にかける度にあの世から連れ戻される。まだその時じゃねえってな」
「……」
「死ねばキャサリンに会えるんだけどな、死ねないから会えないんだ。そういう意味で言えばすんなり逝けたこっちのスコットが羨ましいよ」
「……ふざけないでよ。死にたいなんて……軽々しく、言わないでくれる?」
スコットの言葉が心の琴線に触れたのか、キャサリンは泣き腫らした顔で彼を睨む。
「人は死んだらオシマイなのよ? 死にたいから死ぬなんて……馬鹿なこと考えないでよ! あたしも散々酷い目にあってきたけどさ、死にたいなんて思ったことは一度もないわよ! どんな目に遭っても生きてればいいことあんのよ! 生きてさ」
「生きてさえいれば勝ちだもんな」
「……!」
「そう教えてくれたのが俺のキャサリンだった」
自分を睨むキャサリンに様々な感情が籠もった複雑な笑みを向け、スコットは絞り出すように言う。
「それなのに最後は自分より他人の命を取ったんだよ。死ぬ瞬間も……アイツは笑ってやがった。なにがおかしくて笑ったんだろうな? 俺を残して逝くのが、そんなに良かったのか……?」
スコットの深い悲しみが滲んだ表情を見て昂ぶった感情のぶつけ先を見失い、キャサリンはまたぶわっと大粒の涙を溢れさせる。
「なんで、なんでそんな顔すんのよ……! もっとこう……ムカつく顔してよぉ! 八つ当たりもできないじゃないのっ!!」
「……ごめん」
「謝らないでよぉお! アンタのこと嫌いにもなれないじゃないのおおおおおっ!!」
キャサリンは大泣きしながらスコットに抱き着く。
「……どうしてここまで同じなんだろうな」
同じ性格、同じ声、同じ姿、同じ泣き方……そして同じ言葉。何もかもが彼の知る彼女と同一であるキャサリンを拒むことが出来ず、かといって抱き締めることも出来ずにスコットは泣きじゃくる彼女に胸を貸す。
「……同じ……同じ?」
「ううっ、ううあああああんっ!」
「……同じだって?」
だが、ここでスコットにある疑問が浮かぶ。
(もし、この世界の人間が俺の知る人達と同じなら……)
(もしかしたら……)
この世界にもドロシーがいるのではないか?
もし居たとしても魔法使いではないだろうし、お互いに知り合う機会がないのでこちらでは赤の他人だ。
運良く見つけ出せて声をかけたとしても無視される可能性もある。それにこの世界の彼女と出会えたところで事態が好転するとは思えない。
「……ははっ」
しかしスコットは無意識の内に笑みを浮かべた。
この世界の何処かに彼女が居るかもしれない……そう考えただけで気持ちが少し楽になったからだ。