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「……」
「これはまた、酷ぇやられ方だな……」
下顎から上を吹き飛ばされ、緑色の血液を吹き出しながら痙攣する醜悪な肉塊にアレックス警部は顔をしかめる。
「おーっす、警部のオッサンじゃねーか。こんなところで何してんだ?」
この後始末をどうしようかと途方に暮れる警部にアルマが話しかける。
「オッサンは余計だ。これでも頑張って警察のお仕事してるんだよ」
「そうか、頑張れよ……ん? 隣の奴は誰だ? 結構、男前だけど」
「……」
「こいつはリューク、新人だ。手を出すなよ? 逮捕するぞ?」
あまりの光景に思考停止状態のリュークをアルマはジロジロと見つめる。
「うん、いいな! 気に入った!!」
「気に入んな、黒兎。あのヴィッチと一緒にさっさと帰れ。GO HOMEだ、GO HOME」
「じゃあそいつも連れて帰っていいか?」
「やっほー、警部ー。今日も良い働きしたでしょー!」
禍々しい魔改造車の窓から手を振りながらドロシーがやってくる。
「……」
彼女の笑顔を見た瞬間、アレックス警部のしかめっ面は更に凄まじいものになった。
「おーっす、ドリーちゃん! 見たかよ、おねーちゃんの活躍! カッコよかったろ!?」
「うんうん、カッコよかったよー。流石はアルマ先生ー」
「だぁろぉー? ふっふふーん!」
車から降りたドロシーに駆け寄り、アルマは彼女を抱きしめる。
「あー、ドリーちゃん可愛いー。チューしちゃおー、チューしちゃろー」
「あははー、やめてよー。警部が見てるよー」
「……」
「はーい、警部。今日の仕事ぶりは何点貰える?」
「……30点かな」
アルマに執拗にほっぺをキスされるドロシーにアレックス警部はピシャリと告げた。
「30点満点中?」
「100点満点中だよ」
「えー、ひどーい。頑張ったのにー!」
「黒兎が新人を持ち帰ろうとしたから減点した」
「先生?」
「えー、いいじゃねーか別にー。いい男だったしー」
「もうさっさと帰れよ、君たち。一々、挨拶しに来なくていいから!」
デイジーも車から降りてググーッと背伸びする。
「うーっ、やっぱりこの力の制御はかなり神経使うなあ。大分思い通りに操れるようになったけど……」
デイジーが離れた途端に車はガシャガシャと音を立てながら変形し、数秒で元の高級車の姿に戻った。
「……はぁ」
「どうしたの、スコット君。元気ないわよ?」
「……放っといてください」
「デイジーの言葉が気になったなら」
「お願いです、放っといてください。大丈夫ですから」
ルナは重い溜息を吐くスコットを心配して声をかけるが、彼は素っ気無くあしらった。
(……さっさとこの人たちから離れよう。俺の悪魔は役に立たないし、俺も騒いでるだけで何も出来なかった。何が悪魔だ、馬鹿馬鹿しい。少しでもお前の力を期待したのが間違いだったよ)
スコットはどんよりしながらドロシーを見る。
(どうして、アンタは俺を選んだんだよ。こんな役立たずな俺を……)
ドロシーを見つめる内に彼の心が沈んでいく。
どうして肝心な時に力になれない自分を評価するのか。
どうして自分に心から期待しているかのような瞳を向けるのか。
どうして自分を引き止めるのか……
考えれば考えるほど、スコットは彼女への苦手意識を、そして自分への嫌悪感を強めていった。
「うわー……、グロいなぁ」
頭の吹き飛んだ怪獣の死骸をデイジーはまじまじと見つめる。
そして見れば見るほど醜悪な姿に気分を害する。
「……お前みたいな化け物に改造されなくて良かったよ。嫌な思い出ばっかりだが、ちょっとだけこの身体が好きになれたぜ」
デイジーは物言わぬグロテスクな遺骸と自分の身体を見比べ、『こうならなくてよかった』と心の底から安堵した。
バタタタタ……
「ん? あれは……」
微かに聞こえるローター音が気になって空を見上げると此方に接近するヘリコプターがあった。
機体を真っ白の塗料で染め上げ、胴部に生命の樹の紋様が刻まれたその機体は異常管理局が所有するものだ。
「おいおいおい、何だアイツは! 何の冗談だ!?」
上空から怪獣の姿を目の当たりにしたジェイムスは目を見開いて驚愕する。
「……ったく、本当に今日は厄日だな!」
「でも、どうしてダウンしてるんだ?」
「あれ、ひょっとしてもうやられてるんじゃ……」
「え、マジで?」
ジェイムスは上空から注意深く観察するが、怪獣はピクリとも動かない。
目を凝らせば怪獣のすぐ近くに復数の人影があり、その一つは遠目からでもわかるような綺麗な金色の髪をしていた。
「……あー、うん。とりあえず降りるか」
即座にその金髪の人影がドロシーだと察し、ジェイムスは痛む胃袋を抑えながら降下するよう命じた。
「あのヘリコプターは異常管理局のものだね」
「……来るのが遅えって」
「はっ! あ、あれ? 警部? 俺は一体……」
「おう、いい夢見れたか? 寝起きで悪いが今すぐ警察署に連絡を入れてくれないか。とにかく大勢、人を寄越してくれって」
「えっ、あっ! は、はいっ!!」
遥かな夢の世界から帰還したリュークが急いで携帯電話を取り出した瞬間、背後から機械の触手が上空に向かって伸び、管理局のヘリコプターを捕縛した。
「なっ!?」
「はぁっ!?」
「ッ! 警部、新人君! 絶対にそこを動かないで!!」
ドロシーは即座に防御障壁を展開、すぐそこまで迫っていた触手を防御する。
「はあっ!? こ、こいつまだ生きてっ……!」
「デイジーちゃん! 早くこっちへ!!」
「う、うわあっ!」
機械の触手は続いてデイジーを捕縛し、その身体を軽々と持ち上げた。
「デ、デイジーさん!」
「! スコット君、下がって!!」
思わず車から飛び出そうとしたスコットの腕を掴み、ルナは思い切り抱き寄せる。
スコットの顔面が柔らかい胸に埋もれた直後に機械の触手が天井を貫き、先程まで彼が居た座席に突き刺さった。
「ふぉわっ……!」
「アーサー!」
「ルナ様、しっかりとシートにお掴まりください」
機械の触手に車ごと持ち上げられる前に老執事はハンドル近くのボタンを押す。すると後部ドアがパージされ、彼らを乗せた座席が勢いよく外に射出される。
「ふおおおおっ!」
スコットはルナの柔らかい胸元に顔を埋めながら高級なレザーシートと一緒に空中に投げ出され、ドロシー達のすぐ近くに落下した。
「二人共、大丈夫!?」
「ええ、ドリー。私たちは無事よ」
「ぶはっ! す、すみません! わざとじゃ……」
ワンテンポ遅れて老執事が運転座席と一緒に落下してくる。
「お、じーさんも無事か! ちょっと心配したぞ!!」
「お心遣いありがとうございます、アルマ様。しかし……」
「デ、デイジーさんが……っ!」
「うわぁぁぁぁぁぁあーっ!!」
捕らえたデイジーをドロシー達に見せつけるようにゆらゆらと宙に揺らし、頭の無い怪獣はその巨体をゆっくりと起き上がらせた。
紅茶とMONSTERとコーラの次くらいにほうじ茶が好きです。