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ふとした好奇心から紅茶を梅酒で割って飲んでみました。
「ぅ……ん?」
気が付くとキャサリンは自室のベッドで寝かされていた。
「あれ、あたしは……」
「よかった、目が覚めたか」
目を覚ましたキャサリンにスコットは優しく笑いかける。
「あたしはどうして部屋で寝てるの?」
「急に気を失ったから俺がこの部屋まで運んできた。受付の子にはちゃんと料金を払ってきたよ」
「ふーん……?」
キャサリンは体を起こし、目を細めながらスコットを見つめる。
「……な、なんだよ?」
「よくあたしを店の外に運び出せたわね?」
「裏口を使ったんだ……」
「無理あるわよ。あたしはあの店の看板なんだから、外に運び出すなんて無理無理。すぐにバレて連れ戻されるわ」
「……そう、だよな」
「……」
キャサリンは自分の身体をチェックし、特に何もされてない事を確認すると小さく溜息を吐く。
「それで? どうやってあたしをケビンにバレずにここまで連れてきたの?」
「……ケビンをぶち殺してから騒ぎに乗じて連れ出した」
「あのね、そういう冗談は」
「本当さ」
スコットはキャサリンの目を見ながら真剣な表情で言う。
「原型がわからないくらいグチャグチャにしてきた。今頃、頭の悪そうな取り巻きと一緒に地獄を満喫してるだろうよ」
「……!」
「そんな事が出来るかって? 出来るんだよ、俺にはな」
キャサリンはスコットの言葉が信じられなかった。
だが、彼の淀んだ瞳と背筋が凍るような威圧感に圧倒され、冗談にしか聞こえない彼の言葉も信じざるを得なくなった。
「……本当に……?」
「明日のニュースを見ればわかるさ。マイルドな表現で言われると思うが、大企業の出来の悪い坊ちゃんが部屋で赤い染みになったってな」
「……」
「な? だから言ったろ、俺は君の知ってるスコットじゃないって」
キャサリンが怯えているのを肌で感じたのか、スコットは切なげに笑って立ち上がる。
「……ッ!」
「……何もしないよ、病室に戻るだけだ。今頃、先生達は大慌てで俺を探し回ってるだろうし」
「あ、ま、待って! スコット……!」
「……それじゃあな」
「待ってよ!」
呼び止めに応じずに部屋を出ようとするスコットの手をキャサリンは掴んで引き止める。
「……あたしにもわかるようにちゃんと説明してよ。それだけじゃわからないよ、あたしは頭が悪いんだから……!」
「……今話したのが全部だよ。俺はスコットじゃない」
「じゃあ、どうしてあたしの部屋を知ってんのよ!」
スコットの手をギュッと掴みながらキャサリンは叫ぶ。
目の前の男は間違いなくスコット・オーランドだ。その顔も、体も、声も、何気ない仕草の一つ一つに至るまで彼女の知るスコットそのもの。娼婦に身を落とした自分を一人の人間として、一人の女性として愛してくれた男と全く同じなのだ。
「おかしいよね!? アンタがスコットじゃなかったらあたしの部屋なんて知らない筈だし、あたしが何処で働いてるのかもわからないもの! あたしみたいな……あたしみたいな女を助けたりもしないよ!!」
「……」
「ねぇ、スコット! アンタはあたしのスコットでしょ? スコットだよね……!?」
だが、それはスコットも同様だった。自分を引き止める涙目の少女はキャサリンそのものなのだから。
一年前に死んでしまった最愛の女性。荒んだ人生を送っていた彼に人を愛することを教え、生きることの素晴らしさを伝えてくれた女神。何もかもが彼女の生き写しである涙目の少女の縋るような声に、スコットの心も揺らいでいく。
「お、俺は……っ!」
スコットがキャサリンに自分の気持ちを伝えようとした時、悪魔の腕が彼女を軽く突き飛ばした。
「ッ!」
「え……っ!?」
それは悪魔なりの気遣いか、それとも悪意ある妨害か。青い悪魔の腕はキャサリンを拒むように手のひらを翳した後、スコットの頭を小突いて体内に戻っていった。
「……ははっ」
「な、何よ……今のは? スコット……?」
「はは、はははっ……」
スコットは悪魔に小突かれた頭を抱えて乾いた笑い声を上げる。
「ス、スコット……」
「見ての通りさ。俺は悪魔は取り憑かれているんだ……君の知ってるスコットからはこんなの出てこなかっただろ?」
「あ、悪魔……?」
「コイツは人間の体なんて簡単にぐちゃぐちゃにする。今ので君が死ななかったのはただの気まぐれだよ。少しでも力を入れたら……君はもう壁の染みになってる」
「ひっ!」
倒れたキャサリンを起こそうと手を伸ばすが、彼女は悲鳴を上げて後ずさった。
「……あっ! ち、違……っ!」
「……そんなのに取り憑かれた男が、君と一緒に居ていいわけないよな」
伸ばした右手をギュッと握りしめ、スコットは悲しげに俯いたままキャサリンに背を向ける。
「……じゃあな、キャサリン」
「ま、待って! あたしは……!」
「もう一度、君に会えて良かった。それだけで……良かったんだ」
スコットは振り向かずに部屋を出る。
「……ははは、畜生め」
バタンと閉めたドアにもたれ掛かり、口元だけを歪に裂かせた不格好な笑みを夜空に向ける。
「わかってるよ、あれが普通なんだ。お前を見て驚かなかったアイツらがおかしかったんだよ……」
自分に言い聞かせるようにブツブツと呟きながらスコットはキャサリンの住むアパートを後にする。
心の何処かでまたキャサリンが自分を呼び止めてくれることを期待していたのか。彼らしからぬゆっくりとした歩調でコツコツと歩を進めるが、彼女の呼び止める声が聞こえてくることはなかった。
「……わかってても、キツイなぁ……ははは……」
スコットは久しく感じたことのなかった孤独を味わいながら、賑やかな街の喧騒に呑まれるように消えていった。
結構美味しかったです、ハイ。