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「ハーイ、スコットちゃん! 調子はどーう?」
ドロシー達のいる世界とは別の世界の病院。
スコットの見舞いに来たキャサリンは弾けるような笑顔で挨拶する。
「ああ、もう大丈夫。明日には退院していいってさ」
スコットは何とも言えない顔で返事をする。
意識不明の重体で病院に運ばれた彼だが翌朝には意識を取り戻し、3日目にはもう傷が癒えて明日には退院だという。
「お医者さんも驚いてたわよー? こんなの有り得ないって!」
「昔から身体だけは丈夫で傷の治りが早いのが取り柄なんだよ」
「あはは、それにしたって治るの早すぎよー!」
キャサリンは朗らかに笑ってスコットの肩をバシバシと叩く。
医者が頭を抱えるのも無理はない。肉がごっそりと抉られたような全身の裂傷と複数箇所の骨折に内臓破裂……普通の人間であれば即死か、もし助かっても重い後遺症が残るレベルの大怪我がたったの3日で回復してしまったのだ。
流石に傷痕まで綺麗に消えて万全な状態になった訳では無いが、それでもこの回復力は異常と言う他ない。
「ひょっとしたらアンタには神様がついてるのかも知れないわね!」
「いや、悪魔だな。神様には嫌われてるから」
「どうして? 悪魔ならアンタを助けたりしないでしょ!」
「悪魔だから助けるんだよ。死んで天国に行かれると困るからな」
奇跡的な回復を喜ぶキャサリンにスコットは嫌味ったらしい言葉で返す。
「もー! ああ言えばこう言う! 前はそんな台詞言わなかったのにー!」
キャサリンは彼らしからぬ返事をするスコットに顔をふくらませる。
両親との関係がまだ続いている事といい、どうやらこの世界のスコット・オーランドは明るい性格であるらしい。青い悪魔に取り憑かれず、その力に振り回される日々を送らなかったからだろうか。
「……怒るなよ。俺も色々あったんだよ」
「あたしの前からいなくなって三ヶ月しか経ってないわよー!?」
「……それだけあれば変わるだろ」
スコットは悲しげな表情を浮かべて窓の外を見る。
(……俺の世界だと、君が死んでもう1年も経ってるんだよ)
彼女がいなくなってからの日々を軽く回想してスコットは暗く沈んでいく。窓の外は悲しいまでに記憶にある景色と同じで、それがまた彼の心を曇らせていった。
「……」
「ちょっとスコットちゃーん? あたしの方を向いてくれる?」
「……」
「もーっ!」
冷たくそっぽを向くスコットに痺れを切らし、キャサリンはベッドに乗り上げて勢いよく抱き着く。
「うおっ! な、なんだよ!?」
「そんなに辛いことがあったなら全部あたしに話せばいいじゃないの! 聞いても聞いても話してくれないし! 何を我慢してんのよー!」
「……い、言っても信じてもらえるか! こら、放せ! ここは病院で俺は怪我人だぞ!? まだ身体のあちこちが痛いんだよ!」
「いやー! 話してくれるまで放さないーっ!」
キャサリンはスコットをガッシリと抱き締めて駄々をこねる。
「やめろって……!」
姿だけでなくその性格や一挙一動まで失った恋人と全く同じでスコットの胸は更に締め付けられる。
「いい加減に放せよ!」
「いやよー!」
「このっ……!」
あまりのしつこさについカッとなり、キャサリンを引き剥がそうと無意識の内に悪魔の腕を呼び出してしまう……
「……!!」
スコットは窓に映った自分の姿を見て戦慄する。
背中から伸びる青い巨腕、片目から漏れ出す青い炎。キャサリンは彼に夢中で気づいていないが、その姿はもう人のそれではない。化け物そのものだ。
「……畜生、こんな男の……何処が良いんだよ……!」
スコットはすぐに悪魔の腕を引っ込め、窓に映る自分から目を逸らすように顔を両手で抑える。
「スコット……?」
「俺なんか、こんな……俺なんかが……!」
「……」
「俺は、君と一緒にいちゃいけなかったんだ……! 君と出会っちゃいけなかった……君を好きになっちゃいけなかったんだよ……!!」
「……ふふっ、本当にどうしちゃったんだか」
キャサリンは震えるスコットの頭を優しく撫で、彼の耳元で囁くように言う。
「アンタが『あたしと一緒に居たい』って言ったのよ? こんなあたしにさ。もっといい子が居るのにあたしじゃないと駄目だって……寒空の下で散々口説いてきたじゃない」
「……」
「何があったのかは知らないけど、口説いた以上は責任とってよね? もう何回もアンタの部屋に泊まってるんだし、今更別れようだなんて言っても許さないわよ?」
「……勘弁してくれよ、キャサリン」
「なーに? まさか本気で『別れよう』とか言うつもりだったの?」
「ははは……」
スコットは思わず涙を流しながら乾いた笑い声をあげる。
どんな巡り合わせかは知らないがこの世界のスコットもキャサリンと出会い、交流を重ねて彼女を口説いたらしい。寒空の下という言葉から恐らく同じ日、同じようなシチュエーションで。
(……ひでぇよ、神様)
もう笑うしかなかった。
今まで散々神の悪戯に振り回されてきたスコットだが、ここまでされると人生は喜劇か何かだと思って諦めるしかない。
どうして自分はここまで嫌われているのか。笑い声に隠されたスコットの悲痛な訴えに神は応えない。
「ははっ、はははは……! はははははっ……!!」
「ちょっと何笑ってんのよー!?」
「はははははははっ!」
彼女が生存し、両親に愛される一見幸福な世界も彼にとっては地獄……それだけは確かだった。
どうあがいてもいんふぇるの




