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家族の前で、涙は見せられないのよ。
「……そう、わかった。今日はもう戻ってきて」
老執事からの電話にドロシーは暗い表情で返答した。
『申し訳ございません、社長。日が暮れてからは警部さんや管理局の方々にも手伝って頂いたのですが……』
「いいのよ、遅くまで探してくれてありがとう」
ドロシーは通話を切って携帯電話をソファーにポイと投げ捨てる。
「……何となくそんな気はしてたよ」
「ドリー?」
「これだけ探して見つからないなら、彼はもうこっち側にいないと考えるのが自然ね」
老執事達は朝早くから行方不明になったスコットを探していたが、見つけることは出来なかった。いくら12番街区全体を巻き込んだ大規模な戦闘だったとはいえ、異常管理局の手を借りても見つけ出せないのは妙だ。
「……」
そしてドロシーを更に不安にさせるのが黒フードが召喚した空間を操る異界の神だ。
ドロシーがその姿を実際に目にすることはなかったが、もしスコットがマカトウルマの戦闘中にその神と接触していた場合、異界の神の手で別世界に飛ばされてしまった可能性も大いにある。
「……マリア、一応聞いておきたいんだけどその神様は生贄がないと呼び出せないの?」
「少なくとも彼らはそれ以外の方法は知らないようでしたわ。それも血を触媒にした一時的な召喚でも沢山の生贄を必要とします」
「……そう、じゃあそいつを頼るのはナンセンスね」
ドロシーは膝に乗せたニックを隣に置いて重い足取りで寝室に向かう。
「お嬢様?」
「ドリー、大丈夫?」
「大丈夫、少し横になるだけよ。部屋には入らないでね」
「ドロシー……」
「……大丈夫だから」
親愛なるファミリーに振り返ることなく、ドロシーは一人で寝室のドアを開けた。
「……」
部屋の明かりもつけずに俯いたままベッドに向かい、そのままぼふっと倒れ込む。
「……なんでよ……!」
白いシーツに顔を埋め、ギュッとシーツを握って掠れるような声を出す。
「なんで、なんで居なくなるの……? 君は僕の運命の人でしょ……! それなのに……どうして、どうして……っ!!」
ルナ達の前では決して出せなかった心の内が漏れ出す。
「スコット君……!」
啜り泣きながら力なくベッドを叩く。命に関わる重傷を負っただけならまだ良かった。命を落としてしまうのもまだ耐えられた。例えそれが死体でも、スコットが傍にいてくれるなら……
だが、それすらも叶わない。
異世界への転移を可能にする技術はリンボ・シティでも未だ確立されておらず、向こう側に行ってしまった人物がこちら側に戻る方法は基本的に無い。
その逆も然り。あるとすれば異界門が発生した際に門の中に飛び込む事だけだ。
勿論、それが何処に繋がっているかなどわからないし、門を潜ってから再びこちら側に戻れる保証もない。
つまり現時点では異界門を介して異界からの干渉は日常的に受けるものの、こちらから異界に干渉する術はほぼ無いのだ。
「うううっ……!」
この街で長く暮らしてきたドロシーも当然理解している。
何度か好奇心で異界側に繋がる方法を模索した事はあったが、未だに成功していない。なまじ異世界転移の困難さを理解しているだけに、その苦悩は筆舌に尽くし難いものだった。
「……何が、魔法よ……いつも肝心な時に、役に立たないじゃないの……!」
ドロシーは暗い部屋で一人涙を流す。
もう会えないかも知れないスコットの温もりに恋焦がれながら、辺獄最強と謳われた金髪の魔女は泣き続けた。
魔法は万能などではない。
そのどうしようもない事実に、今再び打ちのめされながら……
「うっうっ……!」
「ねぇ、メイ? 一体どうしたのよ?」
「うううっ……!」
スコットの消失を悲しむのはドロシー達だけではなかった。
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんが……!」
彼が懇意にしていた風俗店 ヴァネッサのお遊び部屋。そこの従業員であるメイもマリアを介してスコットがいなくなってしまったことを察知してしまっていた。
「スコットがどうしたのよ? 泣いてばかりじゃわかんないじゃないの!」
「お兄ちゃんが、いなくなっちゃった……!」
メイは泣きながら姉代わりのレンに抱きつく。レンはメイの言葉の意味がわからずに困った様子で頬を掻くが、本気で悲しむ彼女を見て妙な胸騒ぎを覚えていた。
「……いなくなったって何よ。スコットはそう簡単に死ぬような男じゃないでしょ。明日にでもまた店に遊びに来るわよ……」
レンは泣きじゃくるメイを慰めながら窓の外を見る。
「……来てくれるわよね?」
夜空にポッカリと浮かぶ月は優しく部屋を照らしていたが、いつもは心を癒してくれるはずの蒼い月を見てもレンの胸騒ぎが治まることはなかった。
chapter.22「あなただけがいない街」 begins....