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じ ご く へ よ う こ そ !
『……ット……!』
『ス……コ……!』
暗闇の中で誰かの声が聞こえた。
「……う……」
聞き覚えのある声。あの時が訪れるまではいつものように聞いていた声。
『ス……コット……!』
もう聞けない筈だったその声は徐々に大きく、ハッキリと聞こえるようになり……
「スコット!!」
ついに頭の中で反響する程にハッキリと自分の名を呼ばれた時、彼はその目を見開いた。
「……あっ?」
「ああ、スコット……! 良かった……良かったぁ……!!」
「……え?」
スコットが目を覚ましたのは見覚えのない病室だった。
全身に包帯が巻かれ、腕には点滴がつけられている。あの戦いの後、誰かに助けられて病院に運ばれたらしい。
……だが、スコットにとってはそんなことはどうでもよかった。
目覚めた瞬間から全身を駆け巡る痛みも、目が覚めれば必ず側に居るドロシーの姿が見当たらないことも。涙を浮かべてこちらを見つめる一人の女性を見た瞬間に頭から消えて無くなってしまった。
「……キャサリン?」
そこに居たのは死んだはずの恋人、キャサリンだったのだから。
「そう、そうよ! 私はキャサリン! 私のことがわかるのね!?」
「……え、じゃあ俺は……死んだのか?」
「死んでないわよ! どうしてそんなこと言うの!?」
「だって……君は……君は……!」
キャサリンは混乱するスコットの手をギュッと握り、震える声を絞り出すように言う。
「本当に……本当に、良かった! 助かって……良かった!」
「……お、俺は」
「良かった……! 目が覚めたんだな、スコット!」
「ああ、神様……!」
「……!?」
続けてスコットの目に飛び込んできたのは外側で暮らしているはずの両親だった。
「父さんに……母さん!? どうして、此処に……!」
「当たり前だろう! 瀕死の息子を心配しない親がいるか!?」
「ああ、ありがとう。神様、この子を助けてくれてありがとう……!」
涙を流して喜びながら自分を見つめる両親を前にスコットは混乱した。
確かに両親は二人とも存命だが、既に交流が途絶えて数年にもなる。自分がリンボ・シティで暮らしていることも知らない上に、知ったとしてもわざわざ見舞いに来るとは思えない。
少なくともスコットにとって両親はもう他人同然だった。
「お、俺は一体……」
「本当に心配したんだから! 何ヶ月も前から行方不明になって……昨日になって血塗れで倒れてるところを見つかって……!」
「……え?」
「お医者さんからはもう目を覚まさないかもって言われて……!」
キャサリンはベッドのシーツに顔を埋めて啜り泣く。スコットの母親は涙ながらに彼女に抱きついて慰め、父親も顔を手で抑えて震えている。
……その光景がスコットの混乱を更に加速させる。
(おい、どういうことだ? どうして俺の両親がキャサリンと一緒にいるんだ……)
スコットの両親はキャサリンと面識などないのだから。
「……」
呆然としながら窓の外を見る。しかしほんの一瞬外を見ただけでスコットは全身の血が逆流した。
「……フィラデルフィア、市庁舎……!?」
彼が目にしたのは外側、それも彼にとって最大のトラウマが生まれた場所であるアメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア市の風景だった。
「ああ……あああっ……」
「スコット……?」
「ああああああああっ」
ついに混乱がピークに達したスコットは大声を上げて取り乱す。
「あああああああああっ!」
「スコット、どうしたの!?」
「だ、誰か! 誰か先生を!!」
「大丈夫、もう大丈夫よスコット! 貴方は助かったの! だから落ち着いて!!」
目の前の現実が受け入れられなかったスコットは思わず自分の顔を殴りつける。これが夢であってくれと祈りながら。
「がっあ……!」
顔を殴る度に痛みはしっかりと感じた。痛みに慣れているスコットが悲鳴をあげる程に。
「スコット、やめて! やめてよ!!」
「スコット!」
「や、やめなさい! スコット、落ち着いて!!」
「あっ、あ……!」
「大丈夫、大丈夫だから……! アンタは助かった……助かったのよ……!」
「うあっ、うああああ……!」
「大丈夫、あたしがいるから。スコットにはあたしがついてる……もう絶対に離れないから……!」
キャサリンは混乱して自分を殴りつけるスコットに抱きついて宥めるように話しかける。
「あああ……!」
「……よっぽど、怖い目にあったのね。可哀想に。でも、もう大丈夫だから……」
「キャサ……リン……」
「もう大丈夫だからね、スコット……」
確かに感じる彼女の温もりと心に響く優しい声に包まれているうちにスコットは落ち着きを取り戻していく。
「……これは、夢なんだろ……?」
「夢じゃないわ」
「……嘘だ、だって君は、君はもう……」
「もう会えないと思った? そんなことないわよ。あたしはちゃんとここにいるわ」
「……」
「ずっと、アンタのそばにいるわよ……」
平静を取り戻したスコットの意識はキャサリンの胸の中で眠るように沈んでいく。
(……これは、夢なんだ。だから……目を閉じれば覚めるんだ……)
(だっておかしいだろ。キャサリンは死んだんだ。もう死んでしまった彼女が、まだ生きてる俺の両親と一緒にいるわけがないんだ。俺が……こんな町に居るはずがないんだ……)
(キャサリンを殺した、こんな町に……)
再び意識を失う瞬間まで、スコットはこれを現実だと受け入れられなかった。
頑なに、ひたすらに、これは夢なのだと自分に言い聞かせていた。
chapter.21「ウサギはウシに追いつけない」 end....