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展開を盛り上げていくのって難しいけど、これからどう盛り上げようかと考えていると最高に紅茶が美味しくなります。
「はっ、ブッッサイクな顔してんなぁ! お前ェェー!!」
アルマは黒刀を鞘から抜き放ち、機械の触手を切り払いながら怪獣に肉薄する。
〈ヴァオオオオオオオオオオオオオオオッ!〉
「あっはっはっは! ブッサイクな顔に気持ち悪いもんニュルニュル伸ばしやがって!!」
人知を越えた跳躍力で怪獣の顔面までジャンプし、アルマはその鼻先を叩き切った。
〈ヴァアアアアアアアアアアアアアアアッ!〉
切られた断面から緑色の血を吹き出し、怪獣は大きく仰け反る。
「うっっわぁ! きったねぇ! あははは、何だその血は! 気色わりぃいいー!!」
アルマは黒刀を勢いよく投擲し、怪獣の大きな目に突き刺す。
「あっははは! あたしからの選別だ! 受け取りな!!」
〈ヴァギャアアアアアアアアアアアアッ!〉
片眼を潰されて苦しむ怪獣を悠々と観察しながらストンと着地する。
地上数十メートルの高さから地面に着地しても彼女はケロッとしており、頭部に生える尖った黒い兎のような耳をピンと立てて不敵な笑みを浮かべた。
「あはは、相変わらずアルマ先生は凄いなー。僕たちも負けてられないね」
「左様でございますね」
老執事は更に強くアクセルを踏み締める。
>ヴァルヴァルヴァルォオオオオオオオオオン<
それに反応するかのように鎧竜の眼睛はその輝きを増し、エンジンの咆哮を上げながら加速した。
「うっ、うわわわわわわっ!?」
「しっかり捕まっててね、スコッツ君。今から飛ぶから」
「と、飛ぶって!?」
「そのままの意味だよ」
スピードを上げるに連れて徐々に車体が傾き、リア周辺に設けられたブースターからチリチリと音を立てて青い光が漏れ出す……
────ギャンッ
そしてブースターから青い炎を勢いよく吐き出し、漆黒の鎧竜は飛び立った。
「ファァァァァアァーッ!?」
車が空を飛ぶ。映画でしか見たことのない非現実的なワンシーンの体現者となったスコットは思わず絶叫した。
「うおー、いいなー。いつ見てもかっけーなー、あの車! あたしも乗れば良かったー!!」
アルマは雄々しく飛翔する鎧竜の姿を見上げながら子供のように目を輝かせる。
「く、車が、車が飛んだァァァァーッ!?」
「あーっ! さっきからうるせーなぁ! 気が散るだろ! 車が飛んだくらいでビビるな、バカヤロー!!」
ひたすら驚き叫んでいるばかりの新人に痺れを切らしたデイジーが怒鳴る。
「す、すみませ」
〈ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!〉
鎧竜はブースト飛行しながら怪獣に急接近し、その歪な大口に自ら飛び込もうとしていた。
「うわぁぁぁぁぁっ! 怪獣が、怪獣がーっ!!」
「うるさーい!」
「ふぐぅ!」
パニックに陥ったスコットの顔面に蹴りを入れて黙らせ、デイジーはエメラルドの瞳を輝かせながら機械の従僕に命じる。
「やっちまえ、鎧尖竜! そのデカブツの口ん中をズタズタにしてやれぇ!!」
>ヴァルヴァルヴァルヴァルヴァル<
鎧竜はデイジーの命令を受けて大きな口に飛び込み、二振りのブレードを振り乱して怪獣の口内を切り刻んだ。
〈ヴァギャッ、バギャギャギャギャギャッ!!〉
切り裂いた傷口をついでのようにブースターの炎で焼き、鎧竜は頬口をブチ抜いていく。
「これはオマケよ、取っておいて」
ドロシーは窓から身を乗り出し、頬が大きく抉れた怪獣の頭部に白い光弾を撃ち込む。
「はーい、下に参りまーす。しっかり捕まっておくのよ、スコッツくーん」
「……」
「スコット君は寝ました! うるさいから起こさないでやってください!!」
「ふふふ、やっぱりスコット君の寝顔は可愛いわね。抱きしめてあげたいわ」
「ルナくーん、スコッツくんを変な目で見ちゃダメよー?」
鎧竜は蛇腹状になった車底の節目から小型ブースターを噴射し、落下スピードを細かく制御しながら着陸する。そして……
ドドドドドドオオオオオオオオ────ン
頭部を派手に爆裂させる怪獣をバックに悠々と停車した。
「はい、今日のお仕事オシマイ。皆、お疲れ様ー」
ドロシーは盛大な土煙を上げながら崩れ落ちる怪獣を一瞥することもなく言った。
「うぅ……あっ、はっ! か、怪獣は!?」
「もう終わったよ、スコッツ君」
「えっ!?」
意識を取り戻したスコットが後ろを向くと、力無く道路に倒れ伏した怪獣の姿があった。
「あのさ、スコットだっけ? 今更だけど一つ聞いていい?」
「……何でしょうか」
「スコットは何しにこの会社に入ったの?」
呆然と怪獣の死体を見つめるスコットにデイジーは真顔で質問した。
「……何しにって……それは」
「悪いこと言わないからさ、辞めたほうがいいよ。向いてないよ」
「……ははっ」
デイジーにバッサリと断言されてしまったスコットは思わず苦笑いする。
誰も好き好んでこの会社に入ったわけじゃないし、そもそも入社したつもりもない。
心の中はその思いで一杯だったのだが、こうしてハッキリと 向いてない と言われてしまうと流石に傷ついた。
「そうですよね……うん。社長、やっぱり俺は」
「そんなことないよー、スコッツ君はこの仕事向いてるよ。僕が保証してあげる」
「えっ」
「いくら社長の言葉でもオレは信じられません。コイツは真性のヘタレですって。それも居るだけで周囲をイラつかせるタイプのヘタレですよ」
「そ、そうですよ社長……俺はヘタレなんで」
「デイジーちゃんはスコッツ君の本気を見てないからよー。本気出したスコッツ君は本当に凄いから」
先輩の後押しを受けてスコットは辞意を示そうとするが、その度にドロシーの横槍が入る。
「デイジーちゃんも本気のスコッツ君を見ると気が変わるよ? ひょっとしたら惚れちゃうかも」
自己評価の低いスコットとは対照的に、そんな彼に対するドロシーの評価は異常に高かった。
(……本当に、勘弁してくれよ)
スコットはそんな彼女の優しい言葉と自分に向ける重い期待がこれ以上ないくらいに苦痛だった。