21
依頼人の安全確保は基本。出来る社長は違うのだ。
「あ、あの、ありがとうございました!」
12番街区を騒がせた『空飛ぶ蛇神事件』の翌日。依頼人のビルはドロシー達にペコペコと頭を下げていた。
「いいの、いいのー。僕達は君の依頼をこなしただけだから」
ビルから報酬を受け取ると、ドロシーはくすりと笑ってピースサインをする。
「ほ、本当に凄いんですね、ドロシーさん達は」
「でしょう? また何かあったらいつでも来なさい」
「え、ええと……! それじゃ、俺はこれで……!」
「気をつけて帰るのよー」
ビルは深く頭を下げるとドロシーと目を合わすことなく逃げるようにリビングを出ていく。その小動物的な愛らしさに癒やされながらも、ドロシーは少し残念そうに呟く。
「うーん、あの調子だとビル君はもう来てくれないかな」
あの依頼人の目からは自分達に対する怯えと恐怖心がハッキリと読み取れたからだ。
「……かもしれないな」
「残念ね」
「ええ、本当に残念ですわ」
「多分、マリアのせいだけどね」
切なげに玄関を見つめるマリアに向けてドロシーは言う。
《ぎょおおおおおおおお!》
『あ、そうそう。マリア、ニック君を呼びにいくついでにこの子も連れて行って』
『ふふふ、かしこまりました』
『えっ、ちょっ! 何!? 何こ……ぎゃあああああ!』
『ちょっ! マリアさーん!?』
『怖がらなくても大丈夫ですわ。とって食べたりしませんから』
『……影に入れろとは言ってないんたけど』
マカトウルマが出現してすぐ安全確保の為にマリアの影に匿われたビルだが、それが原因で彼は結構なトラウマを負ってしまった。
「一晩中、泣き続けて可哀想だったわね」
「ルナがいなかったら今頃精神病院行きだろうね」
「傷つきますわ。私は彼を守りたくてベストを尽くしたのですよ?」
「……流石に私も彼に同情するよ」
ルナの介抱のお陰で持ち直したものの、マリアに対する恐怖心は消し去れなかったようだ。
「それにしても……スッキリしないね」
ビルの依頼にあった怪しい集団を撃退することは出来たが、攫われた者達は既に生贄に捧げられてしまっていた。
ビルを守ることには成功したし、問題の魔法使い達も退治出来たので依頼は達成したと判断していいだろうが満足いく結果になったとは言い難い。
「ですが、良かったのですか? お嬢様。報酬額を9割も減らしてしまって」
「他の子は生贄にされちゃったし、ビル君も怖がらせちゃったからこれくらいが妥当よ。お金に困ってるみたいだったしねー」
ドロシーは紅茶に一口つけ、膝上に乗せたニックを撫でながら憂鬱げに窓の外に目をやった。
「……スコット君、どこに行っちゃったのかな」
「ドロシー……」
「……大丈夫よ、ドリー。きっと彼はすぐに戻ってくるわ。アーサー達も必死に捜してくれているもの」
「アーサー君は人探しが苦手なので期待できませんけど」
マリアは腕の中で静かに寝息を立てるメリーをそっと撫でると、彼女らしからぬ憂鬱げな表情でソファーの空いたスペースを見る。
「……本当に、お嬢様達を置いて何処に行くつもりなのかしら。あの坊やは」
そこはスコットの定位置。彼がいつも座っていたアンティークソファーの左隅だった。
「うがーっ! 何処だ、スコットォー! 出て来いや、コラァー!!」
「スコットォー!!」
12番街区の瓦礫を掻き分けながらアルマとデイジーはスコットを捜す。二人の格好は泥だらけで、デイジーは目に涙を浮かべながら彼の名を呼び続けている。
「うううーっ! 何処だよぉ、何処に行ったんだよーっ! 抱き締めてくれるんじゃなかったのかよぉー!!」
「泣くな、デイジー! アイツを見つけてしばき倒すまで泣くんじゃないー!」
「うあああーん!」
「うううっ! 私としたことが、私としたことがああーっ!!」
大泣きするデイジーの隣では後悔の念に駆られたブリジットが号泣しながら瓦礫を退けていた。
「何が騎士だ、何がアグラリエルだ……!仲間が深手を負わされ、行方知らずとなった非常時に気を失っていたとは! もう私に騎士を名乗る資格などない! 私は、私はぁ……!!」
「あーもー! うるせーぞ、ブリジット! 泣き言ほざいてる暇があったら探せー!!」
「うううっ! 申し訳ありません、領主様あああああー! やはりブリジットは仲間一人守れない木偶女でしたあああ────っ!!」
「うるっさ────い!!」
己を恥じながら泣き喚くブリジットに喝を入れながらアルマはスコットを探し続ける。
「お姉様方、少し休憩にしませんか。もう明朝からずっと休み無しで続けていますが」
「いらーん! それよりじーさんも手伝えー!」
「スコットォォオーッ!」
「うあああああー!」
老執事の心配する声も無視してアルマ達は瓦礫と格闘を続ける。
「はぁ、困りましたな」
「……おう、執事さん。見つかったか?」
「ああ、どうもアレックス警部。ご覧の通りでございます」
「「「スコットォォォ────!!」」」
「……なるほどね」
様子見に来たアレックス警部は鬼気迫る勢いでスコットを探す女達の姿に目を細める。
「そもそもこの有様で見つけ出せるのか? 12番街区が元通りになるまで待ってからでもいいんじゃないか?」
「彼女達は待ちきれないようですな。それに大賢者様は気紛れな方ですし、12番街区にさほど思い入れもなさそうなのでこのまま放置される可能性もあります」
「もしそうなったら悲しいな」
崩壊した建物、瓦礫の山、大きな虫に食われたようにポッカリと穴が空いた高層ビル、そこら中に飛び散った緑色の血と巨大な肉片……
「このままじゃ12番街区はゴーストタウンになっちまうぞ」
マカトウルマとの戦闘で甚大な被害を受けた12番街区を前にアレックス警部は大きな溜息を吐く。
リンボ・シティ警察も朝から事後処理に駆り出されており、後方ではリューク含めた同僚の警官達が疲労困憊の様子で項垂れていた。
「しかし今日中にとはいかずとも、いずれは元通りになるでしょうね」
「……」
「おらー! じーさんも手伝えぇぇー! スコット探すんだよぉー!!」
「では、私はこれで。今日もお仕事ご苦労さまです、アレックス警部」
老執事はアレックス警部に手を振ってアルマ達の所に向かう。
「……まぁ、死んじゃいないだろうな。アイツは」
建物が倒壊し、道路が捲れ上がり、瓦礫が散乱するこの惨状で行方不明になるなど普通なら生存を絶望視するところだが、警部にはそれでもスコットが死んだとは思えなかった。
否、思いたくなかった。
……もしも彼が死んでしまった場合、あの金髪の魔女がどうなってしまうのか想像したくもなかったのだ。