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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.21「ウサギはウシに追いつけない」
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20

〈フフフ……〉


 異形の神 デボラ=エニシュは巨大な肉片と共に落ちてきた血まみれの男を細い指先でツンと突く。


「……」


 マカトウルマの大顎に噛み砕かれて重傷を負ったスコットはピクリとも動かず、デボラ=エニシュに執拗に突かれてもか細い息を繰り返すだけだった。


〈フフフフフッ!〉


 デボラ=エニシュは虫の息になったスコットを見ながら愉悦げに笑う。


 その不気味な影のような姿と笑い声からは知性らしきものは感じられない。大蛇マカトウルマを呼び出したのも大した理由はなく、ただの暇潰しか挨拶のようなものだったのだろう。少なくとも言葉で相互理解を図れるような存在でないことは明らかだった。


〈フフ……〉


 デボラ=エニシュはスコットを見てふと何かを思いついたように人差し指をピンと立てる。そして頭上に人間一人をスッポリ包み込める大きさの光の円を描き、すうっとスコットの方に向かわせた。


〈フフフ、ハハハハッ!〉


 スコットの身体は光の円に吸い込まれるように浮き上がり、ゆっくりと円に向かって吸い込まれていく。デボラ=エニシュはその様子を見ながら手を叩いて大笑いする。


 まるでスコットを見送っているかのように。


〈ハハッ〉


 だが突然スコットの目は見開かれ、背中から巨大な腕を伸ばしてデボラ=エニシュを捕まえた。


〈ハッ!?〉

「……ここ……何処だ? ここが、天国? いや、違うな……」


 スコットは見開いた瞳をギョロギョロと動かして周囲を確認。


 鼻を突く血の匂い、目の前の異形、巨大な肉片。どう見ても天国には見えない。そして向こうで自分を待っている最愛の女性の姿が見当たらないことでまだ自分が生かされていることを知り、ウンザリするように笑った。


「あーあ、くそう。これでも死ねないとか……もう死ぬのは諦めたほうが良さそうだなぁ」

〈……ハハッ、ハハハハッ!〉

「で、コイツは……? マリアさんが言ってたエボラ何とか神? それともここに住んでる人?」

〈ハハハハッ!〉

「んー……まぁ、いいか」


 悪魔の腕に掴まれても特に気にせず笑い続ける異形の影にスコットは目を細め……


「とりあえず潰れとけ」

〈ハッ────〉


 それが敵であるかどうかという確証も得ないまま握り潰した。


 負傷で意識が朦朧としていたせいか、それとも本能的にあの影が敵だと察したのか。悪魔の腕はデボラを握り潰し、ボタボタと飛び散った赤黒い泥のような染みも念入りに拳で叩いて潰す。

 その染みが動かなくなるまで、その染みから笑い声のようなものが聞こえなくなるまで何度も何度も。


「……あーあ、またルナさんの世話になるのかな……大怪我、しちゃったからなあ……」


 スコットはただの赤黒いシミ汚れになったデボラをボーッと見つめた後、静かに目を閉じる。


「……違いますよ、社長。俺は、別に好きで……抱かれてるんじゃないですから。誤解しないでください。俺が、好きなのは……」


 沈んでいく意識の中、スコットはうわ言のように呟く。


 そして彼の身体は静かに光の円に飲み込まれ、パキンと氷が砕けるような音を残して消え去った。


 スコットが消えたその場所に残されたのは、赤黒い染みと、哀れな魔法使い達の死体と、血の海に沈む大蛇の肉片だけだった。



 ◇◇◇◇



「……むっ」


 見覚えのない広い寝室でブリジットが目を覚ます。


 どれくらい気を失っていたのか。すっかり日は沈み、灯りのない部屋はしんみりとした暗闇に包まれていた。


「……私は一体……あの怪物は……」

「……よぅ、牛女。目が覚めちまったか」

「む?」

「あのまま死ねば良かったのによ」


 声のする方を向くと、膨れっ面のアルマがこちらを睨みつけていた。


「どうした、黒兎。何故お前が此処に?」

「知らね、自分で考えろ」


 アルマはそう言って起き上がってベッドから降りる。


「……??」


 何故か彼女は裸になっており、窓から差し込む月明かりでぼんやりと照らされた背中を見ながらブリジットは首を傾げた。


「何故、裸なのだ?」

「さぁな」

「私はどうなった? 私は、あの虫の毒にやられて……」

「うるせー、死んでないってことは何とかなったってことだろ」

「……」

「気になるなら自分で確かめろ。自分の身体だろうが」


 服を着るアルマにそう言われてブリジットは自分の身体を確かめる。


 毒で変色した肌の色は元通りになり、刺された傷も綺麗に塞がっていた。

 どういうわけか服を脱がされていたが、元々就寝時は裸になる習慣のある彼女はさして気に留めなかった。


「まさか、黒兎が?」

「……ッ」


 ブリジットがアルマに声をかけると、彼女は耳をピンと立てて固まった。


「あたしも怪我しちまって……お前と一緒に寝かされてただけだ。お前を治したのはルナだよ」

「……それは本当か?」

「本当だっての! 誰が牛女なんか治してやるもんか! あたしは乳がデカくて頭の悪い女が嫌いなんだよ!!」


 アルマは声を荒げ、ブリジットと顔を合わせずに部屋を出ようとする。


「……そうか」

「言っておくけどな! あたしは何もしてないぞ! あたしにルナみたいな力はないからな! ちょっと似たところがあるだけだ!!」

「黒兎はルナ様の双子だったな。あの方に出来て、お前に出来ない訳がないか」

「だーかーらー! あたしじゃねえってーの! 治ったなら、さっさと起きろ! 治ってねえなら寝とけ!!」

「ありがとう、アルマ」

「~っ!!」


 ブリジットはアルマの言葉を全く聞かずに彼女に礼を言う。


 アルマは頭をくしゃくしゃと掻き毟り、顔を真赤にしながらようやくブリジットに振り返る。


「うるせー! お礼なんて言うな、()()()()()! ブリジットのせいで面倒なことになったんだからな! 絶ッッ対に責任取れよ!!」


 怒ってるとも照れているともつかない微妙な表情でそう言うと、アルマは急ぎ足で部屋を出ていった。


「……ふっ、素直になれない女だ」


 ブリジットは小さく笑い、ベッドを降りてハンガーにかけられた着替えに手を伸ばす。


「そう言えばスコットは無事だろうか。彼にも後でお礼を言わなければ……」


「あーもー! 本当にアイツはもー! マジで……もーっ!!」


 ブリジットがスコットの身を案じていた時、アルマは鬱憤を撒き散らしながら廊下を歩いていた。


「ブリジットのせいで……()()()()()()()()()()()()()()んだぞ! それなのに何であんな顔でお礼とか言えんだよ! ふざけんな、バカ牛女! やっぱり見捨てりゃ良かった……!!」


 ブリジットの無神経さ、彼女を助けようとして状況を悪化させた自分の短慮さ、自分達二人が揃っても事件を解決出来なかった無力さ。


「アイツも、アイツだ! 何で見つからねえんだよ! 死んだのかもわからねえってのはどういう事だよ! マジでふざけんなよ、クソバカスコット……!!」


 何よりも忽然と姿を消してしまったスコットに対する心配と苛立ちが、アルマの小さな胸を延々とざわつかせていた。


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